タイガの外出
沢山の木々が揃う捕食者の島。
常に血塗れてるようなこの島だが、タイガは以前外へ飛び出した際に立ち寄った宝石店の事を考えていた。
あの美しい宝石達。こんな島では滅多に見られないような宝石が山ほどあったのた。
その多くを奪えなかったのは実に惜しい…。
「…よし!」
タイガは、もう一度テクニカルシティへ飛び出す事にした。
島の端っこの海岸に立ち、遥か水平線の彼方を見る。
そして、白い光を纏いながら海面を切るような勢いで飛行していった。
…それを後ろから見守るワニ男ダイル、そして蛇青年のジャリュウ。
「…ジャリュウも見に来たか。あいつの後ろ姿」
「悪喰様も見ている事を分かっていながらな。ハウンディも誘ったんだがあいつは相変わらず何に関しても無関心だ」
互いに穏やかに話し合う両者。敵同士とは思えない仲だ。
…すぐ後ろの茂みが揺れている事は、背を向けつつも既に気づいていた。
二人が会話している隙を突き、飛び出してくる鋭い爪を持つ細身な虎男の捕食者!二人の背中を切り裂こうと爪を振りかぶる。
…二人は、背を向けたまま裏拳を叩きつけた。
虎捕食者の顔面に拳が炸裂し、そのあまりの力で森の木々が揺れ動き、虎捕食者は体が真っ二つに裂けてしまった。
真っ赤な血で背中を染めながら、ジャリュウとダイルは相変わらず海の向こうを見つめていた…。
「ついたわ…!」
目的地に到着したタイガ。
見慣れない鉄の建物が立ち並ぶビル街…テクニカルシティだ。
しかし森暮らしのタイガ。こんな大都会に何の予備知識もなしで飛び込んであの宝石店の場所など分かるはずもなかった。
あちこちを見渡しながら彷徨くタイガ。幸い多忙な人々は彼女を気にも留めていなかった。
だがこのままさ迷い続ければいつかは怪しまれるに違いない。
ここは思い直すべきかと、今来た道を引き返そうとするタイガ…。
「おーい何してんの」
人々のざわめき声のなか、聞き覚えのある声がタイガの虎耳に飛び込む。
見ると、そこには黄色いツインテールと手を振りながら近づいてくるれなの姿。
以前戦った相手が当たり前のように手を振ってくる。タイガは爪を構え、ようやく周囲の人々の視線を集めた。
れなはタイガの前に立つと、予想外の事を口にした。
「タイガって捕食者だしテクニカルシティはまだ詳しくないでしょ?だから案内してあげる!あ、ここであんたを見つけたのは偶然だがな!」
ガハハハと下品な笑い声をあげるれなに、タイガも逆に笑ってやった。馬鹿なこいつでも作戦を立てる脳はあるらしいと。
こうして油断させ、隙を突いて殺しにかかる気なのだ。
だが自分は最強の捕食者の一角。こんな間抜けにかかる女ではない。
(あえてこいつの作戦にかかってやるとしましょうか)
れなは以前の戦いからタイガの行きたい場所を察したらしい。あの宝石店の場所を目指していく。
少し早歩きをすればあっという間についてしまった。
確かに以前訪れた、小さくも綺麗な宝石が店の外からでもよく見える美しい店だ。
れなは店主のごとくお先にどうぞとドアの先へタイガを誘導した。
「…」
タイガは黙って店に入る。どこに罠があるか分からない。
最強の捕食者である自分でさえ見切れぬとは、れなは意外とできるのではないかと考え出していた。
「いらっしゃ…ませ」
レジには以前店を荒らした客の顔に一瞬表情を曇らせる女性店員が。
「おい、ちゃんと買えよ」
タイガに耳打ちするれな。しかしタイガは盗むつもりでやって来たのだ。
案内してもらったのは助かるが、これでは逆に宝石が盗めない。
というか、そもそも他人の命が食糧の捕食者に金という概念はない。
タイガはどうすべきかしばらく悩んだ。
今油断している隙にれなをぶっとばすか、虎の素早さで宝石をかき集めるのを優先すべきか。
どちらにせよ、金を払うという選択肢はなかった。
…タイガが黙り込んでいるのを見て、れなはこう言った。
「はあ、なら私の財産をくれてやるよ」
え、と今までにない程の速さでれなに振り替えるタイガ。
れなは自らのスカートに手を突っ込み、そこから札束を取り出し、タイガの手元に置いた。
「博士からの貴重なお小遣いだけど、今は丁度特に欲しい物ないからあげる」
金の隠し場所にタイガはドン引きだが、れなの意外な対応に心底驚いていた。
今までタイガは捕食者として、一度戦った相手とは次会った時に再び互いに血を放ちあう事しか考えていなかった。
だが今目の前にいるれなはそうではない。当たり前のように自分を仲間のように扱っている。
…まだ色々と気持ちが抜けていないタイガは、その金を使って青の宝石と赤の宝石を購入した。
以前のタイガからは考えられない奇妙な無表情に、店員はますます気味悪がっていた。
「さあ気が済んだか!!また遊びに来いよ!!ガハハハハハハ!!!」
テクニカルシティの海岸でタイガを見送るれな。物凄いがに股で目の前にいるタイガに手を振っている。
タイガは理解できなかった。
「…戦わないの?」
「今回は悪い事してないから戦わない。普通の事でしょ」
タイガには、当たり前のように非常識な事を言っているようにしか見えなかった。
れなにとっては当たり前。
住む場所の差というやつだ。
「…これ以上ここにいたら頭おかしくなるわ!」
たまらずタイガは叫び、ほんの一瞬で空へ飛び去っていった。凄まじい飛行でしれっと高い実力を見せつけてきたようだ。
やれやれと手を振るれな…。
「猫ちゃん、お前なかなか良い物を持ってるな」
島に帰って間もなく、鰐の捕食者ダイルが、虎の捕食者タイガが岩の上に置いている赤と青の何かを見つけた。
タイガは集めた宝石を身に寄せながらダイルを睨む。
「そう構えるな。そんなもんには興味はない!ただまた異物を持ってきたら、また悪喰様のお叱りを受ける」
タイガは毛皮に宝石を隠そうとした。…だが、ダイルは器が大きい。
タイガに小声でこう言った。
「…バラしはしないさ。ジャリュウとハウンディも間違いなく黙っててくれる。悪喰は外野の存在だが全部を知ってる訳じゃない。その宝石、大事にしろよ」
ダイルはタイガの頭を撫でてみせた。タイガは黙りこむが、すぐに口を開く。
「…あんたと殺しあうのは、気が重いわ」
「何だ。捕食者が相手を食う事をやめてどうする。…。…俺はいつでもお前を食う準備はできてるんだぞ」
そう言いつつも、ダイルの表情は明らかにその言葉とは裏返しなものだった。
…そんな会話の直後。
突然の事だった。島の中心から豪音が響いたのは。
砂煙が木々の上から上がり、島中の捕食者達が狼狽えていた。
…互いに顔をあわせれば、相手を喰らうのがこの島のルール。島の中心に集まろうとする捕食者は、最強の捕食者であるタイガ、ダイル、ジャリュウ、ハウンディだけだけ。
弱い捕食者は、その衝撃音を無視したようだった。
木々の間を駆け抜けるジャリュウとハウンディ。
ハウンディが纏う茶色い毛皮がジャリュウの顔の前に覆い被さってくる。
「おいハウンディ!それめっちゃ邪魔!!」
「仕方ないだろ」
適当なやり取りをしながら森を進む二人。
…そして、四人の捕食者は同時に島の中心にたどり着く。
まだ砂煙があがっている。相当な勢いで、何かが墜落したようだった。
…そこにあったのは、鋼鉄の巨大コンテナだった。
四人は一旦顔を見合わせ、ゆっくりとコンテナへ向かっていく…。
…が、コンテナは静かな四人に反して、内側から物凄い勢いで衝撃が放たれ、扉が吹っ飛ばされていった!
中からは朱色の体を持ち、四メートルもの体格を持つ巨人達が五人ほど現れる。
巨人達は目の前の木を見るなり、右手だけで木をはたき折っていく!
木はタイガ目掛けてゆっくりと折れていく。
突然の事に怯むタイガ。
「ぼーっとするな!」
彼女を見て、ジャリュウが飛び出してタイガを突き飛ばした!
倒れてきた木を左手の人差し指で軽く突く。
…木は真っ二つにへし折れ、ジャリュウの目の前で地響きをたてた。
「な、何よ。あんたなんかに助けてもらわなくてもあんな木受け止められたし」
満更でもなさそうなタイガ。ダイルがニヤニヤしながら視線を送る。
だが今はからかってる場合じゃない。目の前の巨人どもを何とかしなくてはならない。
まず先陣を切ったのはダイル。地を蹴って跳びあがり、巨人の巨体にも臆さず自分の顔の前で拳を握る!
それに対し、巨人も拳を握り、ダイルを殴り潰そうと突き出してきた!
ダイルの狙いが顔から拳へと切り替わり、巨人の拳を殴り付けて受け止める!
「ぐっ」
ダイルは腕を抑えて巨人を睨む。思った以上の力だった。
しかし最強の鰐の捕食者の拳を受けては巨人もただでは済まない。同じように腕を抑え、呻きながら屈みこむ。
直後、一瞬で巨人の背中から血飛沫が吹きあがる!
巨人はうつ伏せに倒れ、その背中には体を赤く染めたハウンディが立っていた。
早速一人撃破だ。
負けてられないとタイガも腰を深く落とし、迎撃体勢。そんな彼女に走って接近する巨人!
巨人の軌道を瞬時に読み取り、巨人が拳を放ったまさにその瞬間、タイガも爪を振るって飛び出し、巨人の首筋を切り裂いてみせた!
またもや血飛沫。これが捕食者の血生臭い戦いだ。
残る巨人も臆する事なくタイガに向かっていき、その後頭部を殴り付けようと拳を放つ!
…だが、タイガの背中は既にダイルの監視下にあった。
ダイルが即座に飛びだし、巨人の拳を両手で押さえ付ける!今度は微動だにせず受け止められた。
そのまま巨人を投げ飛ばし、背後に叩き落としてみせた!
二体の巨人が倒れた仲間を踏みつけながら向かってくる!知能もへったくれもないようだ。
向かってくる二体の前にジャリュウが立ち塞がり、右手の平を向ける。
ジャリュウの右手は蛇に変化し、巨人二体の体を一瞬で貫く!
すかさず倒れている巨人も突き刺し、無数の巨人を見事に撃破した。
…それを上空から見ていたのは、四本の腕を持つ黒くて丸い生物…闇姫軍四天王バッディー。
「パワーストロングではダメか。もっと強力な兵器を用意しなくては」
この島に下手に侵入しない方がいいと命令を受けていたバッディーは直ぐ様島に背を向け、空の果てへ飛んでいった。
「…一応、悪喰様に報告するぞ」
飛んでいくバッディーの気配を感じ取っていたジャリュウは一同を引き連れ、島の主、悪喰が潜む洞窟を目指して歩いていくのだった。