VSタイガ
ある日、テクニカルシティに謎の事件が発生していた。
「な、何だこれは…」
農家の老人達が畑を見て唖然とする。
茶色く柔らかい土が荒れに荒れ果てており、埋まっていた野菜達が根こそぎ無くなっているのだ。
それだけではない。町の方も、街路樹がへし折られていたりコンクリートの地面に無数の穴が空けられていたりと、何者かが暴れまわった形跡が幾つも残されていたのだ。
れなたちの事務所にも依頼が殺到していた。
「これだけの依頼が来るとは、私達も信頼されてきた証拠だね!」
両手一杯の手紙を持ってにやつくれな。
だがドクロと粉砕男はその後ろで深刻な表情を浮かべていた。
死神のドクロは魔力探知が得意なのだが、その穴から感じられる魔力はモンスターではなく、人間の体に宿る魔力に近い質だったのだ。だが兵器などを抜きにして、コンクリートにこんな穴を空ける人間など聞いた事がない。
知識豊富な粉砕男でも、この魔力とこの穴を見て思い付く生物は浮かばない。
どうやら時間が必要なようだった。
「何を難しい顔をしてるの二人とも。そんなのこの目で探せば良いだけの話だよ!」
やはりれなは脳筋だった。
事務所から飛び出し、町の上空を飛んでいくれな…。
「いつもこうやってウロウロしてると大体何かしら見つかるんだよね」
人の多い歩道を見下ろしながらゆっくり飛んでいくれな。いつもと同じ光景だ。
だが、良く見れば何かが違うという事もある。
更によく目を凝らし、町の隅々まで見渡してみると…。
何やらおかしな女が目に入る。
黄色い虎縞の毛皮の服を着ており、山吹色の髪から虎のような耳を生やしている。
一見するとおかしな格好の人間に見えるが、人間ならざるオーラが伝わってくる。
…これは魔力だろうか。いや、モンスターのものとは何か違う。
まるで矛のように鋭く、強い力だ。それに燃えるような熱い心も感じさせる…そんなオーラを放っていた。
その女は、宝石屋の前で何か揉めてるようだ。
一応、れなは地上に降りてその女の様子を見てみた。
どうやら店員の女と揉めてるようだ。
「その宝石返してくださいよ!」
面倒臭そうな顔をした店員は控えめなボリュームで怒鳴り付ける。
対する女は、身に纏う毛皮に色とりどりな宝石を無理やり差し込みながら叫ぶ。
「私が盗んだ証拠はどこにあんのよ!!!」
誰がどう見てもお前だ。まさにその言葉が似合う状況である…。
れなは女の肩を後ろから掴み、囁いた。
「盗みはいけねえぞ…」
やたらワイルドな声だった。さすがの女も宝石を撒き散らしながら飛び上がり、急いで振り替える。
女は反射的に腕を振り、れなの身に鋭い衝撃が走る。
…女の右手からは、鋭い爪が射出されていた。
れなの白い服に小さな裂け目ができてしまった。
その女は…虎の捕食者タイガだ。
「その爪は…。さてはただの人間じゃないな!何すんだ気に入ってる服なのに!!」
やられたらやり返すれなはタイガの足を軽く蹴りつけた。
そしてタイガもやはりやり返す。今度は容赦せず、右手を勢いよく振るう!
同時にれなはバク転。爪攻撃を瞬時に見きって回避したのだ。
店の入り口側の壁が真っ二つに切り裂かれ、太陽光がレジに差し込む。店員は慌てふためきたちまち店の奥へと逃げていった。
タイガはれなが避けた事に驚いている。ただの人間かと思っていたからだ。
「あんた人間じゃないの?」
「当たり前よお。私はれな。アンドロイドだ!」
れなは下がり、拳を構える。
タイガは笑った。これまで捕食者としか戦った事がない彼女から見れば、なかなか面白そうな相手が出てきたのだ。
お互いに少しずつ動いていき、店から出て歩道に出る。既に通行人の視線が集まっていた。
「おら!」
れなが先行し、拳をタイガへ向けて一気に飛び出す!
それをタイガは一歩下がって回避し、先程と同じように爪を振るう!
れなの髪の毛が数本切られ、輝きながら地面に落ちる。
なかなか腕の立つ相手だ。
れなはタイガにすかさず蹴りを決め、吹っ飛ばす事で距離を離す。
コンクリートの地面に足をめりこませながら何とかブレーキを決めるタイガ。
「っ!?」
タイガは息を呑む。
さっきまで目の前にいたれなが、いつの間にか目の前から消えているのだ。
周囲を見渡すタイガ。周りには建物ばかりが並び、れなの姿はない…。
…と思った矢先、真上から熱い闘気が降りかかる!
上を見上げると、そこには右足をこちらに向けるれなが飛んでいた。
「くらえ!」
れなはそのまま流星のごとく急降下、タイガの顔面にぶつかるれなのハイヒール!
「ぎやああああ!!」
らしくない叫び声をあげながら顔面を押さえるタイガ。今がチャンスだ。
れなは拳を振り上げ、タイガをぶっとばす!
飛ばされるタイガは建物をもこえ、そのまま町の向こう側の森の方面へと飛ばされていった。
だがこれで終わるとは思えない。
れなは油断せず、拳を構えたまま空中飛行。
一般人達の困惑の視線を背中に浴びながら、タイガを追いかけていった。
町に突如現れた虎の捕食者タイガ。
宝石店を困らせていた彼女を森の方向へと吹っ飛ばし、用心深くその後を追ったれな。
町の建物を飛び越え、木が並ぶ森へ辿り着くと、そこには怒りの視線を向けてくるタイガが。
「…あの島の雑魚とは違う…!」
独り言を呟いてるが、耳の良いれなにはしっかりと聞こえている。
あの島、というと別の島からやって来た者だろう。
今ばかりはよそ者への不信感を滾らせた方が良さそうだ。
れながゆっくり降り立つと、タイガは両手の爪を構えて腰を深く落とす本格的な戦闘姿勢に出る。高いダメージを受けても覇気は尽きない。
もう一度強力な一撃を決めてやる必要がありそうだ。
爪に対する拳のれな。更に戦闘を続行しようとしたその時…。
「やめないかタイガ」
二人の耳に飛び込む低い声。上からだ。
見上げると、そこには大柄で中年くらいの男が浮遊していた。
頭には棘のついたヘルメット、身には深緑色の鱗のようなアーマーを身に付けている。
ゆっくり降りてくる大男。目の前に立つと、浮遊してる時以上の巨体に見えた。
二メートル以上はある。粉砕男と同じくらいだ。
「ダイル!何であんたがここに…」
「捕食者の島から抜け出すなんて大胆だな。残念だが俺達の居場所はあそこだけだ」
タイガの背中に左手を添え、歩かせるダイル。
れなは二人に向かって叫ぶ。
「ちょい!完全にそっちのペースだけどあんたらは…!」
「俺達は最強の捕食者だ。関われば命はないぞ」
背を向けたまま語るダイル。背中を向けてるはずなのに、何故か鋭い眼光が伝わってくる。
こいつらも捕食者…。
れなは放っておけず、何か目的があるなら聞いておこうと更に声をかけようとした。
…しかし、タイガがダイルに言う。
「ダイル…。島なんかよりここの方がよっぽど面白いわよ。見てたんでしょ?あの娘が私をぶっ飛ばすところを」
ダイルはゆっくりれなの方を見る。…想像以上の眼光だ。
れなは何も言えなくなる。しばらくその場は沈黙に包まれた。
「…確かに。そこらの捕食者よりは手応えがありそうだ。俺も少しだけ楽しもうかな?」
ダイルの表情は、険しさ、そして何かを楽しむような笑顔が混じりあった異様なものだった。
れなは感じた。こいつは強いと。
だがそれでも売られた喧嘩は買うタイプだ。れなは拳を握り、足もすぐ突き出せるように右足を前に踏み込む。
「待てれな!」
…また新たな男の声が響いた。
今度はれなの真上からだ。
上を見上げるれなだが、見上げると同時に「助っ人」がれなの横に降りてきた。
軽く風を巻き上げながら着地したのは、色黒で白目を剥いたダイルと同じ体格の大男…粉砕男だ。
ダイルは新たな敵の出現に実に胸が高鳴っているようで、ニヤニヤと口が歪んでる。鋭く白い牙がちらつく。
「れな。何が起きてるのか知らないが、あの二人を同時に相手は流石のお前でも厳しい。俺も加勢す…」
「安心しろ!タイガは抜きで俺一人でいくぞ」
粉砕男の言葉を遮るダイル。
同時にダイルの方を見るれなと粉砕男。
…ダイルは、もう既に腰を深く下ろして構えをとっていた。
低空飛行しながら猛スピードで突進してくるダイル!
咄嗟に両手を突きだし、ダイルを受け止める粉砕男。
粉砕男が盾になってくれたおかげでれなは衝突されずに済んだが、ダイルの馬鹿力はとてつもないものだ。
突進を受け止めた粉砕男の両手から衝撃波と強風が放たれ、遠くのビルが揺れ動いた。
これ以上暴れさせる訳にはいかない。粉砕男はダイルへ拳を放ち、ダイルは右足を振り上げて拳を蹴りつけて防ぐ!
腕を抑え、若干足が震える粉砕男。彼にここまで打ち込むとはやはりダイルは只者でない。
「ぐっ…」
「隙を作るのは死への近道だぞ!」
ダイルは回転し、そのまま裏拳打ちで粉砕男の顔面を狙う!
だが隙ができたなら埋め込むまで。直ぐ様粉砕男は屈む事でダイルの裏拳をかわす。
危なかった。粉砕男は軽く息を吐くと、ダイルの両足を手刀で叩きつけた!
「おおっ」
ダイルが初めておかしな声を上げた。思わぬ反撃に驚いたのだろう。
「さっきの言葉、そのままお返しするぞ!」
粉砕男が拳を突きだす!
ダイルは両手を顔の前に構えて防御姿勢に出るが、これが粉砕男の狙いだ。
再び先程のように屈み、お留守になったダイルの体に拳を振り上げる!
空中に吹っ飛ばされるダイル。森の木々の葉っぱが体にはりつき、滑稽な姿に。
「今だれな!」
粉砕男はれなの横に立ち、二人で右手の平を向け、エネルギーを高める。
二人の手の平から放出される、うねる破壊光線!
木々をすり抜けるように空中に放たれる光線が、ダイルへ向かう!
ダイルは顔をしかめて舌打ちすると、空中で回転を始め、光線をその身で受け流す!
これにはれなも粉砕男も驚いた。
二人分のエネルギーが込められたこの破壊光線をその身で受け止めるとは。
よほどの自信がない限り、避けるかせいぜい防御するかのどちらかだろう。
…光線が空へと消えていき、全身から黒い煙をたてるダイルが、ゆっくりと降りてくる。
ふと、れなが二人の戦いが始まってから初めてタイガを見た。
彼女もまた驚いた顔をしてダイルを見上げてる。
「ダイルにここまで負わせるなんて…!」
どうやら相手も同じ感覚らしい。新たな強さを秘めた強敵の登場に、驚きを隠せない。
ダイルは地に足をつくと、一瞬よろめいた。
「…思った以上だ。ここは素直にひくべきだったな」
…とは言っているが、れなと粉砕男も今のでかなりのエネルギーを消耗していた。
にも関わらず、ダイルはよろめきつつも歩けるほどの余力を残している。…こいつとこれから対峙するのは、できるだけ避けたいところだ。
「タイガ。まだお前のように島から抜け出した捕食者がこの付近にいるようだな。やつらも回収しにいくぞ」
タイガはれなたちを睨みつつも、ダイルの言葉に素直に従った。
「あぁそれと」
去り際に、ダイルはれなたちの方へ振り返り、言った。
「俺より遥かに強い捕食者が二人いる。こちらから喧嘩をふっかけたところ悪いが、これ以上俺達に関わらない方が良いぞ」
そう言い残すと、ダイルとタイガは森の木々を器用に避け、飛行して去っていった。