捕食者の島の一場面
深緑色のアーマーを身につけ、棘の生えたヘルメットを被った大男…ワニの捕食者ダイルが、密林を歩いていく。
「ん?」
ダイルは、目を凝らして生い茂る茂みの向こうを見つめた。
ダイルとはまた違うアーマーを身につけ、無機質な目の青年、ジャリュウ。
そして虎縞模様の黄色い毛皮を着た女、タイガが互いに尻餅をついて向かい合っていた。
「ちゃんと前見なさいよジャリュウ!!」
「んだよ声がでかい女は嫌がられるぞ!猫ちゃんが!!」
ジャリュウは彼女の額を人差し指でツン、とつついてみせた。
黄色い髪から生えた虎耳を左手で払いながら立ち上がり、爪を向けて威嚇するタイガ。
「その呼び方やめてよ!!そろそろやり合う頃かしらね!?」
「二人ともやめろ!」
…茂みを払いながら歩み出て、タイガを止めに入るダイル。
若い二人とは違い、彼からは長年の威風というやつが放たれている。
「タイガ、俺達の戦いはこの島の捕食者を全員片付けてからだと言ったろ。それまで勝負はお預けだ。…それに、お前は」
口を止めるダイル。タイガはジャリュウの方へ目だけを向けながら戸惑ってる。
口を不自然に動かすタイガ。その目は、明らかに殺意とは違う…むしろその逆の感情が込められていた。
「な、何よ。何なのよ」
にやつくダイル。状況をよく理解してないのは、首を傾げるジャリュウだけだ。
「少なくとも今は、ジャリュウに敵意なんて無いんだろ?」
タイガは真っ赤になりながら、ダイルを引っ掻こうと爪を向けるが…タイガの気持ちに気づいてないジャリュウが話題を変えた。
「おいダイル。そういえば島周りの連中はどうした?」
「やつらか。どうやらこの捕食者の島を調査しに来たらしい。乗ってるのはただの人間だ。…適当な捕食者一匹送っとけば勝手に全滅するさ」
浮かない顔をしながらダイルは歩きだし、再び茂みへと消えてしまった。
残るはジャリュウとタイガのみ。
「…さあどうした猫ちゃん?俺と戦うんじゃないのか」
ジャリュウの挑発に、タイガは目の焦点が合わずにそのまま虎らしく四足歩行になって逃げ出していった。
目を丸めるジャリュウ。
「は?何だあいつ」
無数の草をはね除けながら、タイガは走り去っていく。
何とも悔しそうな顔だ。叫びたくなるような気持ちを抑え、走り続ける。
「何よあのクソヘビ…!女心も知らないで…!」
思い切り目をつり上げながら走り、そして大きな石に思い切り頭をぶつけるタイガ。
「で!!」
声をあげながら止まるタイガ。頭を撫でながら、痛みのなかで何気なく前を見る。
「あっ」
…すぐ目の前は崖になっており、その先には広い海、海面には無数の鉄の塊…船が浮いていた。
船上では無数の影がぶつかり合っている。…この島を調査しに来た物好きと、捕食者が戦っているのだ。
発砲音に斬撃音。戦闘音がここまで聞こえてくる。
「ふん、捕食者に向かってくるなんてバカな連中。皆食われるだけ…」
言いかけるタイガ。よく目を凝らして戦況を見つめ直す。
…驚くべき事が分かった。
銀のアーマーを身につけただけのただの人間たちが、捕食者たちを薙ぎ倒しているのだ。
勿論完全無傷ではない。体の所々に血を流している。
それでも、ただの人間がただの槍や銃で虎や熊の捕食者を倒していく様は、捕食者の頂点の一人であるタイガに衝撃を与えた。
「な、何でただの人間が…気持ち悪い!」
妙な焦りを覚えたタイガは崖から船目掛けて飛び降り、人間や捕食者が集る戦場へと飛び込んだ!
タイガの細い体に落下による衝撃が纏われ、船上に足がつくと同時に、二十メートルほどの船が大きく揺れ動いた。
着地後、すぐに体勢を建て直し、タイガは爪を振るう。
捕食者も人間も関係なし。目につくもの全てを皆殺し。
船上が血で赤く染まっていく。この船も、捕食者の島の一部となったも同然だ。
…五分ほどで、全員を斬り倒したタイガ。アーマーなど関係なく、手や足が切断された死体が転がっている。タイガの毛皮も、黄色い部分より赤い部分が多くなってしまっていた。
「おい、暴れすぎだぞ」
すぐ後ろから声と衝撃が響き、また船が揺れた。
振り替えると、呆れ顔のダイルが立っていた。
返り血を浴びきったまま、タイガもまた呆れ顔で返してみせた。
「ここは私たちの領域よ。どんなに暴れようが私達の勝手よ」
ダイルの顔は、いかにもやれやれと言いたげだ。
「…殺意に呑まれるなよ。お前だってこんな事したくないだろ」
タイガの表情が僅かに、しかし確実に曇る。
「…だが、こんな人間達がこの島へ来たんだ。それにこの前、俺は面白い連中をちょっと目にした。もしかしたら、俺達捕食者の立場もまずいかもしれんな」
青空を見上げるダイル。
その脳裏には、闇姫の顔があった。