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五十四話

 吹楚先輩の姿が兄貴に重なり、見慣れた平和な風景は中世風な世界へと変わっていく。


「だから、その間違いを俺が正す!」


 この場面は――。

 兄貴の手が俺の頭を掴もうとする。大きいと思っていた兄貴が、今の俺には小さく見えた。だって、俺がこの時代に来たことは――。


「間違いなもんか……。俺は吹楚先輩に兄貴を止めるように頼まれたんだ」


 兄貴の恋人に、俺の想い人に頼まれたことだ。彼女に対して何も動かずに羨んでいただけの俺が出来る最後の手向け。

 俺は兄貴の腕を掴み、力強く拳を振るう。


「な、なに!?」


 拳の衝撃によろけた兄貴。

 俺に殴られたことが恥だと怒りに燃える。

 だから、なんで、その怒りを俺に向けてるんだ。


「兄貴、目を覚ませよ! なんで俺を襲ってんだ。そんなんじゃ、吹楚先輩が悲しむぞ!」


 俺は兄貴に駆け寄り、肩を揺らす。

 目の前に生里がいて、アカネを自らの欲の捌け口にしようとしている。そんな状況で、俺と兄貴が戦う必要はないじゃないか。

 なにより、兄貴を俺に託した吹楚先輩が喜ぶわけもない。


 俺の説得に兄貴は、


「うるさい! あいつの名前を口に出すな!」


 見えない力で俺を吹き飛ばした。

 空中で身体を捻りバランスを取って着地する。俺は攻撃を受けたことよりも、兄貴が吹楚先輩を「あいつ」と呼んだことが信じられなかった。

 兄貴は絶対に彼女のことをそんな呼び方をしない。


「何言ってるんだよ、兄貴……」


「俺は遊ばれてたんだよ。あいつは彼氏である「銀壱おれ」でなく「銅次おまえ」を選んだんだ!」


 兄貴は見えぬ力を使い両手を開いた。

 その先にあるのは『山』。

 兄貴は『山』を動かし、俺を挟もうとしているのか。そんなことしたら、この『愛日』自体が滅茶苦茶になる。


「なにやってんだよ! 吹楚先輩は兄貴を選んだんだろうが!」


 付き合ってるのは兄貴だし、吹楚先輩は間違いなく兄貴を好いていた。

 それなのに――。


「だまら! ならば、お前は自分が、どうやって未来にやってきたのか分かるか?」


「俺が……どうやって、未来にやってきたか?」


 俺は【魔能力】なんて力があるんだから、きっと不思議な力に巻き込まれたのだろう。

 ぐらいにしか考えていなかった。

 だが、俺が未来に来たのは明確な理由があるのだと兄貴は言う。


「違う。そこには明確な『人の意思』があったんだ」


 話している間も『山』は動いていく。巨大な物量は街の建築物を潰し通る。

 なんとかして、兄貴を止めなければ。

 だが、やはり俺の【魔能力】は生里に抑制されたままなのか、数字は蘇っていない。それどころか、「ズシっ」と俺の身体が重くなる。

 生里が兄に絶望する俺を楽しもうと動きを止めていた。


 動けぬ俺に兄貴は叫ぶ。


「お前をこの時代に呼んだのは――吹楚なんだよ!」


「な……」


 吹楚先輩が俺を……?

 どういうことだ?


「吹楚は俺と同じで力を持たなかった。だが、あいつは自分の命を犠牲にして【魔能力】を手にしたんだ。今の俺と同じようになぁ!!」


 吹楚先輩が死んだことは知っていたが、その死因までは俺も兄貴も知らなかった。まさか、その理由が命と引き換えに【魔能力】を手に入れたことだとは。

 そして、命を犠牲にまでして、己に命じたことが――「俺をこの時代に呼び出すこと」だというのか。


「なんで、俺じゃなくてお前なんだ! 過去の俺を呼び出した方が、ずっと役に立ったはずだ!!」


 兄貴は吹楚先輩に自分を選んで貰えなかったことが悔しいんだ。そして、何も知らずに50年間生きていたことが情けなくもあり、自分を責めて俺を憎んだ。

 若さと【魔能力】。

 二つの力と引き換えに知った真実は兄貴にとって、どれほど残酷だったのだろう。


「でも、だからってこんなことして何になるんだよ!」


「うるさい! お前が俺に命令するな! お前より、俺の方が優れてるんだ。それだけは何年経っても変わらないんだ。周りにチヤホヤされてるからって、お前が俺を見下す理由にはならない!!」


「……兄貴!! 目を覚ませって!!」


 恋人に裏切られ、呼び出された弟が銀の群衆クラスタを纏め、平和を生み出していく。力を持たぬ人々から感謝される俺が妬ましかったと。


「俺は全てにおいてお前の上に立つ! お前が『時間』を操るなら、俺は『間』を操るんだ!!」


「間……?」


 まさか、過去で過ごしたあの記憶は、兄貴が俺を否定したから? 兄貴にとって俺がこの時代に来ることは、『間違い』だと思ったから?

 夢と現実が混ざる。


「いや、そんなことはどうでもいい」


 吹楚先輩に頼まれたことだけは変わらない。

 動けぬ身体で兄貴を睨むと、


「そうだ、だから――こんなことも出来るんだよ!」


 兄貴が腕を伸ばすと、一瞬で俺はその手の中にいた。

 『空間』を操ったという訳か。そして、今も尚、狭まり続けるのは『山間』を操っているから。兄貴はあの山で俺を潰す気なのか……。

 山も距離も過去も操る兄貴の【魔能力】。

 誰が勝てるというのか……。

 多分、俺は負けるだろう。


「お前じゃ、俺には勝てない。お前は俺の劣化であるべきなんだ」


「かもな。でもな『劣化』だからこそ――二人の幸せを誰より願ってるんだよ!!」


 俺は自分の立場を理解している。

 それに、兄貴と吹楚先輩の関係が好きだった。


「だから、俺が止めるんだ!!」


 俺が叫ぶと同時に、視界の隅に数字が浮かび上がってきた。

 いや、それだけじゃない。身体に掛けられた生里の抑制から解放されたのか、「ふっ」と軽くなる。そして、今まさに、俺達の横でアカネに覆いかぶさろうとしていた生里を俺が睨むと、


「なっ」


 ガクンと。

 膝を付くように腰を折った。それはまるで、今までの俺達のようだ。


「馬鹿な、なにが起こってるんだ……?」


 混乱する生里。

 俺も何が起こっているのか分からないが、


「とにかく、チャンスだ! アカネ、生里は任せた!!」


「うん! 任せて!!」


 衣服を身体に巻くアカネ。酷い目に遭っていたのに切り替える強さ。

 やっぱり、吹楚先輩にそっくりだ。

 俺は視界に浮かぶ数字に目を向けて、【魔能力】を発動する。


「うおおおお!」


 俺は貯めていた全ての時間を利用する覚悟で時を速める。

 生里とアカネの動きが遅くなるが――、


「無駄なことを。『間』には『時間』も含まれる」


 そうだろうなと覚悟は決めていたが……。

 兄貴は俺と同様に時を操る力を持っていた。

 全てが遅くなった二人だけの世界。

 俺達はただ、黙って拳を交わす。兄貴の拳が俺を打ち、俺の拳が兄貴の顔を捕える。意地と意地のぶつかり合いだと言葉なく通じ合う。

 交互に拳を振るい続ける。

 何度ターンを重ねただろうか。

 曖昧となる意識の中で、俺は自身の想いを吐き出す。


「兄貴。俺が吹楚先輩に選ばれたのは――兄貴には勝てない、生まれながらにして二番だと諦めてたからだ」


 吹楚先輩は言っていた。

 俺が達観して暢気だから、ヒーローになれると。でもそれは、生まれながらにして超えられない壁が前にあり続けたからで――。


「それがどうした! だったら、余計、俺を選ぶべきだ!!」


「違う! 兄貴は優秀だからこの世界に必要なんだ。それに、きっと――」


 俺が思い出すのは、兄貴のことを嬉しそうに話していた吹楚先輩の笑顔。


「どんな状況でも好きな人が傍に居て欲しいと願う。それが彼女の『我儘』だったんだよ!」


 例え死ぬまでの短い時間でも兄貴と一緒に居たかった。

 銀壱が人々を助ける可能性よりも、自分と最後まで一緒にいて欲しい。血は繋がってなくてもアカネを育てて欲しい。

 そう願ったんだ。

 それが彼女のエゴ。


 俺の言葉に兄貴の動きが一瞬固まった。


「だから、これで終わりにしよう、兄貴!!」


 俺の思いに【魔能力】が答えるように、時が更に加速する。いや、これは加速じゃない。

 完全なる停止だ。

 加速を超えた停止。

 俺は自分の全てを右の拳に託す。腰を落と力を込めて殴る。


「うおおお!!」


 静止した兄貴は拳の衝撃にピクリとも動かない。


「兄貴……。俺はさ、どんな状況になろうと兄貴に勝ったなんて思うことはないよ」


 兄貴の背に俺は自分の背を重ねる。

 きっと、今の俺達は鏡に映ったように見えることだろう。


「でも、俺達は鏡写しじゃない」


 双子だろうが別の人間だ。

 共に光を浴びることが出来るはず。

 だから、これで目を覚ましてくれ。

 俺は兄貴の背を見つめる。決して超えられなかった壁であり、俺が見続けなればいけない背中。50年間、1人で戦った兄貴の背中は大きい。 


「タイムアップだ……」


 時は――再び動き出す。俺の打撃を受けた兄貴が吹き飛ぶ。

 俺は自身に向かって飛ぶ兄貴を強く抱きしめた。


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