四十八話
「中落 阿散の【魔能力】は、『スーパーアーマー』と呼ばれるモノだったよ」
阿散との勝負を終えてから一週間後。
絵本に呼び出されて俺が向かった場所は、例の食事処だった。今にも潰れそうな地元の定食屋に似付かわしくない風貌の絵本。チビリとカップに口を付けて、そう切り出した。
「『スーパーアーマー』? それって、仰け反ったりしないゲームのスキルだよな?」
絵本の言葉を反覆しながら、自分の知る知識を掘り起こす。
俺達、金時家は貧乏だったので、購入するゲームは何世代も前の作品だったが、それでも、既に『スーパーアーマー』と呼ばれる概念はあったと思う。
「ゲームかどうか分からないが……」
どうやら、この時代――というより、『愛日』にはテレビゲームの概念がないようだ。
言われてみればテレビや電子機器がないのだから当然か。
知らぬ知識を脇に置き、実際の阿散の【魔能力】について、説明を始める。
「彼女は、決められたポーズを取ることで、ダメージを一定量まで軽減。そして、減少させたダメージ分を身体能力の強化に当てることができるんだ」
……俺が知ってる『スーパーアーマー』とは、かなり設定が違っていた。仰け反り無効なだけじゃないのか。
「でも、まあ、納得はいくな」
思えば俺が攻撃をした時、彼女は決まって片手で顔を隠していた。あれは阿散さんの興奮した時の癖だと気にしてはいなかったが、【魔能力】発動における条件だったのだ。
それに気付かずに攻撃を仕掛けた俺は、彼女に力を与えてしまった。
軽減したダメージ分を身体強化に使った結果、俺の時間加速についてくるようになった。
「それを知ってたら、もっと俺一人でも倒せたのによ……」
阿散さんの力を知っていれば、ポーズを取る前に時間加速して倒せた。
あんな苦戦しなかったのにと、俺は苦虫を噛み潰すように顎に力を込める。
「ま、自分から進んで【魔能力】を教える人間なんて、普通はいないさ」
「でも、じゃあ、なんで絵本は、阿散さんの【魔能力】を知ってるんだ?」
「何故か分からないけど、自分から私に見せてくれたんだよ」
「……」
絵本は分からないと茶を濁すが、理由は単純だ。誰がどう見たって阿散さんは、絵本に一目惚れした。
能力を知られれば、いつでも殺せる。
故に死ぬ気の恋だとアピールをしたかったのだろうな、阿散さんは。
「拷問好きな彼女が大人しくなったんだから、俺としては有難いな」
素子さんが拷問を知っていたこと。それはどうやら、阿散さんの影響らしい。彼女がイムさんの時にやってきた傷も拷問で追わされた怪我。
呟いた俺の声は絵本に届かなかったのか、「なんだい?」と聞き返してきた。
俺はテーブルに置かれた唐揚げを一つ摘まみ誤魔化す。
「いや、なんでもないさ。それより――あの男に会わなきゃな」
改めて知った事前知識の重要性。
ならば、俺は真っ先にやらねばならないことがある。
「あの男?」
「ああ。赤の群衆にいる狩生 鸞だよ」
「……『ハント戦』が終わった後に手を振っていた派手な彼ですか。君がスパイとか言っていた……」
「そうなんだよ。素子さんに聞いても、「そんな男、知らないの」だってさ」
つい最近、群衆に所属した俺や絵本と違い、素子さんは生まれながらにして、【魔能力】に覚醒していたらしい。
だから、銀の群衆の内情に詳しいのではないかと思ったが、それでも鸞のことは知らなかった。
そこまで考えた所で、ふと疑問が沸き上がってきた。
絵本はなんで、今になって【魔能力】を目覚めさせたのだろうか? 目覚めるか、目覚めないかは個人の素質で決まる。
だから、絵本はこの年になるまで、【魔能力】を目覚めさせなかったことになる。なぜなのだろうか?
話を切り替える俺の問いに、絵本は内に秘めた思いを、余計な場所から零れださぬようにと目を閉じる。
そして、言葉を噛みしめながら口を開いた。
「私の母親が【魔能力】を嫌っていたからね。まあ、彼らに無理矢理、犯されたのだから仕方はないと思うが……」
「そっか」
「今年、母が天寿を全うしたから、今まで受けたことのない【魔能力】を貰いに行ったんだ。そして、今に至る」
母の嫌いだった力に身を染めたことを詫びるのか。僅かに顔を傾けて天へ祈る絵本。顔を上げた笑みは優しかった。
「そんな母のお陰で今の世界に疑問を抱けた。母は子供のために絵本を作っていたんだ。およそ、人に見せられる出来ではないが」
「……なあ、良かったら今度見せてくれないか?」
「それは構わないけど。私が集めていた物に比べると遥かに見劣りするぞ?」
「それでもいいさ。その絵本のお陰で、こうして一緒に居られるんだからな」
俺は自分の台詞が急に照れ臭くなってしまう。テーブルに目を落とすと、いつの間に最後の一つになっていたのか。唐揚げを口の中に押し込んだ。
「さてと。銅次くんはイムさんにも呼び出されてるんだろ? 早く行ったほうがいいんじゃないかな?」
「それもそうだな」
俺は手を合わせて立ち上がる。そして、テーブルからは決して見えぬ厨房の奥に「ごちそうさま」と声を掛けた。アカネに教えて貰ってから、何度かこの店を訪れているが、一度も料理人の姿を見たことがない。無償で人々に食事を振るう舞う料理人。きっと、俺の良き理解者になってくれるはずだ。
今度、顔を見させて貰おうと決意して、俺は絵本と共に外に出る。
「じゃあ、私はここで」
「ああ。また、公式戦の日程が分かったら伝えに行くよ」
俺は絵本と店の前で別れようとする。
だが、俺達が離れるよりも先に別の人間が呼び止めた
「お前ら……ぶっ殺してやる!!」
殺すなどと物騒な言葉で引き留めたのは、全身に古傷を持つスキンヘッドの男だった。銀の制服。前のボタンを前回に開き、鍛えた体を強調するように日焼けした肌を見せつける。
その胸にも大きな切り傷が。幾度となく人と戦った証なのだろう。
鍛えた体に不釣り合いな丸いサングラスを押し上げて、俺達を睨んだ。
「お前らが調子に乗るなよ……? なんで供給を管理するような真似してんだよ」
銀の群衆は放任主義として、個人の思想が尊重される群衆だったのだが――今は違う。
俺、絵本、アカネ、素子さん、阿散さん。
5人が群衆の中でも徒党を組み、銀の群衆に対して監視の目を光らせていた。比較的安全とはいえ、かつての日本ほど安全でもない。
不要な暴力などが行われていないか。食品の供給はなるべく平等になるか常に気を張っていた。
そうなれば当然に――
「まあ、こういう人も現れるよね」
完全な自由を楽しむ中で現れた自衛団。
不満を持って戦いを挑んでくる存在が現れることも想定の内だった。
「うおおお!!」
俺がどうすべきかと悩んでいる間に、スキンヘッドが走り寄る。腕を振るうと火の球が宙へ浮かび俺達へ迫る。
どうやら、『火球を操る魔能力』のようだ。
「なら――」
時を加速させて回避するまで。
だが、悩んで判断が遅れた俺よりも前に、絵本もまた、能力を発動していたようだ。火球が空中で弾かれたように消えた。
絵本を見ると脇には絵本が。細い腕から除くタイトルは『見えないクラゲちゃん』。小さい頃に母から良く読み聞かせをして貰っていたという絵本だった。
「思い入れがあるのを覗いても、便利な能力なんだよな」
やることのなくなった俺は、火球を弾かれ、見えない触手に絡めとられた男を見上げる。
「改めて考えると、我ながらよく初見で勝ったものだ」
イムさんは【時間貯蓄】ならば当然と言っていたけど、余裕を持って「当然」と胸を張れるほど圧勝だったわけじゃないんだけどな。
絵本の横で初めて出会った時のことを思い出していると、「グゲェ」とスキンヘッドが蛙のような声を上げる。絵本が拘束を強めたからなのだが。酸素が不足しているのか、スキンヘッドの顔色はあからさまに青く変色していく。
ちょっと、やり過ぎではないか?
俺が絵本を止めるよりも早く言った。
「さてと。もし、この銀の管轄で勝手に争ったら命はない。約束するなら拘束を解こう」
スッと。
絵本の顔から笑みが消える。顔を向けられていない俺まで背筋が寒くなるほど、殺意で満ちていた。
その笑顔にままならぬ呼吸で誓うスキンヘッド。
「わ、分かった。俺はもう、誰も傷付けないから助けてくれ!」
「分かればいいんだ」
穏やかな絵本に戻ると、能力を解除した。空中から地面に落ちた男は、尻餅を付いたまま距離を取ると、逃げるように去っていった。
「ちょっと、やり過ぎじゃないか?」
「まあね」
絵本は自分でも分かっていたのか。俺の言葉を否定することなく受け入れた。
「でも、ああいう輩はギリギリを責めないと駄目なんだよ」
「それは分かるけどさ」
絵本のいうギリギリ。
それは一線を超えないこと――人を殺さないこと。それを俺達は目標に掲げてはいる。
毎回、忠告だけでは言うことを聞かない人間がいることも確かだった。
だからこそ、俺は刑務所のような物を作り、監視も始めた。
「……警察のような真似事をしているが、それでいいんだろうか?」
俺の呟きに絵本が答える。
「悩むのも分かるが、今はその時期じゃないさ」
絵本は脇に本を抱えたまま去っていく。その背は頼もしいと同時に怖くもあった。人が死ぬかもしれない境界へ、減速もせずに突き進む絵本。
「はぁ」
絵本と分かれた俺は自宅へと帰ってきていた。
家に入ると兄貴がキッチンから嬉しそうに顔を出す。
「お昼は農家さんが野菜をくれたから、スープにしたぞ!!」
俺達が監視をするようになってから、【魔能力】を持つ人間には恨まれることが多くなったが、力を持たぬ人からは感謝をされるようになった。
畑で取れたと野菜を持ってきてくれるのだ。
「あー、昼は食べてきたからいいや」
俺はそれだけ言うと部屋に戻った。
ばさりと布団に倒れ込む。
公式戦でも人を殺すというルールが盛り込まれていなければ、銀の群衆はかなりの戦績を収めていた。
最近では応援に人が集まるようにもなり、イベントのような盛り上がりだ。
「……」
全てが上手く行き過ぎている。
それが怖かった。
目を瞑ると一寸先は闇。何処を目指すか手探り状態。一人、道に迷っていると扉が叩かれた。
「銅次……。悩んでいるようだが、話を聞こうか?」
「あー、大丈夫。それより、今は一人にして欲しいな」
俺は扉の向こうから差し伸べる手を拒否した。
これまで、この時代で兄貴は一人で頑張ってきた。
ここからは、俺が頑張っていく番だ。だって、兄貴はもう60歳を超えている。過去ならば定年に近い年齢。静かに老後を過ごさせてあげたい。
昔のように頼って、背負わせるわけにはいかないのだ。
俺は成長しなきゃいけないし、兄貴は休むべきだ。
俺の言葉に、
「そっか。銅次は凄いな。最近じゃ、皆に言われるよ。お宅の孫は凄いねってさ」
孫という単語に俺は思わず笑ってしまう。
「確かに双子には絶対見えないよね」
扉の向こうで兄貴も笑う。
兄貴はそれでいいんだ。
「……それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」
兄貴は小さな声を残して去っていく。
――この時、兄貴はどんな姿で背を向けたのだろう。
薄い扉がなければ……気付けたかもしれない。
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