四十四話
俺は中に入ってきた人物の姿を見て愕然とする。
「素子さん! その傷……どうしたんですか!?」
素子さんは全身血塗れだった。特徴的な金髪を縦に巻いた髪型も崩れ、赤に染まる。短いスカートから除く足には隈なく青い痣が刻まれた。拷問にでも有ったかのような有り様。ここまで歩いこれたことが奇跡だ。
素子さんは、この場に俺がいるとは思ってなかったのか、痛みに歪んだ顔を更に歪ませた。
「……っ。銅次も来てたの」
傷だらけの身体を隠すように手で覆う。しかし、その挙動ですら痛むのか、「……うあぁ」と声を漏らす。それに素子さんが隠そうとする手にも痣がある。
素子さんの動きに意味は全くなかった。
「なにがあったんですか?」
「それは、その……」
傷を負った素子さんに問いかける。
俺に何が起こったのかを伝えたくないのか、素子さんの歯切れは悪かった。彼女が自分の意思で口を開くのを待つが、その間をイムさんが許さなかった。
こんな状況でも変わらず、笑顔で話しかける。
「いや~。はっはっは。鍛炭くんも【ご褒美】を貰いにきたんだね。えっと、いつも通りお菓子でいいかな?」
「イムさん!」
道化師のような笑みを浮かべるイムさん。
俺はそんなことよりも治療が先だと、素子さんに駆け寄るが、彼女は俺から距離を取るように下がり、「今回の願いは違うの」と、イムさんに言った。
この場でいらないのは俺のようではないか……。
「珍しいこともあるもんだ。じゃあ、何が望みなんだい?」
「……この傷、治して欲しいの」
素子さんは、自分の望みを口にした。
「お安い御用さ」
パチンと指を鳴らすと、目に見えて傷が癒えていく。アカネが持つ【魔能力】みたいだ。もっとも、傷を引き受けているわけではないらしく、イムさんの身体に傷は移行しなかったが。
数秒で全身の傷が癒えた素子さんは、何も言わずに「バタン」と扉を閉じた。
どこに行くつもりなのか?
また、傷を負うかもしれないと俺はその後を追おうとするが――、
「うわっ!」
閉じた扉が再度開かれた。
開いた扉の先にいたのは――、
「あれ……銅次。偶然なの。ご褒美を貰いにきたの?」
今、部屋から出たばかりの素子さんだった。ぎこちなく手を上げて俺に話しかける。まさか、彼女は場面をやり直そうとしているのか?
時間を操る俺でも無理なことを、行おうとしているのか?
彼女の目的が分からぬ俺は、素子さんの小さな肩を抱いて揺する。
「無理、無理ですって! 流石に限界がありますよ!」
「……銅次は、何をそんなに焦ってるの? イムさん知ってるの?」
「さぁ。それが僕にも分からないんだ」
……厄介なことに。
この場には悪ノリをする人間がいた。誤魔化すための味方を見つけた素子さんは、これはチャンスだと話を進めていく。
「銅次が……一番、公式戦頑張ったんだから、ゆっくり休むの。手の怪我も治ってないでしょ?」
「そうなんですけど」
俺は左手を見つめる。素子さんに折られた5本の指は、添え木と共に包帯が巻かれていた。右手でなくて良かったよ。
イムさんは俺の怪我を今気づいたと、わざとらしく大げさに驚く。……いや、これは本当に今気づいたな。俺の怪我に興味はないだろうし。
「おや、言われてみれば、銅次くん。怪我してるじゃないか! よし、ここは僕がサービスで治してあげよう」
指の摩擦で乾いた音が響く。素子さんの怪我を治した時と同じように俺の手も治療してくれるのか。有難いと左手を見つめていると、「ボオォ」と包帯が燃えた。
「は、へ? 熱っ!?」
燃える炎を消火しようと腕を振り回すが、消える気配はない。それどころか制服へ燃え移り被害が拡大していく。
腕を振り回し焦り駆けまわる俺を、笑いながらも、
「おっと、行けない。漫画を間違えてしまったよ」
もう一度、指を鳴らした。
すると炎が消える。
焼け落ちた包帯からは、赤く溶けた俺の肌が覗いていた。怪我を治して貰うはずだったのに、怪我が増えているのだけど。
「はっはっはっは。本当に銅次くんは揶揄っていて楽しいよ」
イムさんが笑うと俺の傷が治っていく。
……どうせ、治すのだから火傷くらいいいと、イムさんは思っていたのか。
「ありがとうございます」
あまりにも衝撃的なことが起こり過ぎて、その前に何を話していたか忘れてしまった。
えっと……。そもそも、なんでこんなことになったのだっけ?
「そうだ、素子さん! なんで、あんなに怪我してたんですか!」
治った腕て再び肩を揺する俺に、
「……ちっ。覚えてたの」
素子さんが悪態を突く。
「口、悪くなってますよ?」
素子さんとしても、怪我が治ればこの場所に用はないのか、小さく会釈すると扉を開けて階段を降っていく。
俺もその後を追って外へ出る。
ジェンガのような建物。俺がこの前来た時から、二ターン位回ったのだろうか。また、根元が細くなって頭が大きくなっていた。
俺は素子さんを掴んで強引に動きを制止させる。
「ちょっと、話を聞いてくださいよ!」
そんな俺に苛立ったのか。
素子さんは、両手で拳を握ると俯いたまま叫んだ。
「銅次には……関係ないの!!」
「素子さん?」
「これは、私の問題なの。私が彼女と手を組んでいたことが問題なの。だから、銅次は関わらないで欲しいの」
どうやら、素子さんは、意味なくふざけていた訳じゃなかった。
俺を関わらせまいとしての行動で、責任を一人で取ろうとしたようだ。
彼女と手を組んでいた。
そのことから、素子さんを痛めつけたのは、その人物であることは容易に想像がつく。
俺と共に行動するために、手を切ろうとしたのだろう。
だったら、俺は無関係じゃない。
大体にして――俺達は仲間じゃないか。
「関係なくはないよ。だから、何が起きたのか教えてくれないかな?」
それでも、それでも素子さんは頑なに首を縦には振らなかった。
身体を恐怖に震わせる。
「銅次は大切な人だから、教えられないの」
決意を決めた少女は歩き出した。俺は何度でも呼び止めてやると手を伸ばした時、素子さんの足が止まった。正面から一人の女性が歩いてきたのだ。
前髪の半分を桃色に染め、頭には棘の生えたカチューシャ。銀の制服を革ジャンのような材質に変更した彼女は、バンドマンのようだった。
彼女は八重歯を覗かせるように笑った。
「やっぱり、ここに逃げてたんだな、素子。怪我も治して貰ったみたいだし、また一から痛めつけてやろうじゃん」
素子の頭に手を伸ばし、優しく頭を撫でる。
「なあ、素子。この私――中落 阿散を裏切って只で済むと思うなよ?」
優しい仕草に反する怒号が響いた。




