三十九話
「きゃあああ!」
素子さんとの勝負を終えた俺達は、二人並んで森の中を駆けていた。赤の群衆から人を守ること。それが『ハント戦』でも目的に代わっていた。
だが、素子さんと戦って以降、俺達が標的となる人々に出会うことはなかった。
「ここも……なの」
人がいた痕跡は発見できるのだが、まるで、神隠しにでもあったかのように痕跡が消えるというパターンが多くなっていた。
この短期間で痕跡を残さず移動する方法を見つけたのだろうか?
理由は不明だが、とにかく俺達は誰とも出会うことはなかった。
一時間近く走り回っていると、ようやく人を見つけることが出来た。離れた場所から悲鳴が聞こえてきたのだ。
「行きましょう!」
俺は素子さんに声を掛けると、地面を蹴る足に力を込める。
木々を掻き分け悲鳴の元へ移動する。そこには赤の群衆の一人と、標的となる【魔能力】を持たぬ人いた。
俺と素子さんは、二人の間に割って入った。
「ちっ……。ポイントを横取りに来たか!」
制服を見て俺達が銀の群衆であることを悟ったのか。男は後方に大きく跳ねると両手を広げた。
角ばった顔に鍛え上げられた肉体が特徴的な赤の群衆。戦隊ヒーローの名乗りが如くポーズを取る男は、
「こいつは俺の獲物だ。銀の群衆は引っ込んでろ!」
叫ぶと身体が「ミシミシ」と音を立て変化していく。身体から生える毛や人から大きく外れていくシルエット。
「生里と同じく生物の力を身に宿す【魔能力】か……」
「はっ!!」
気合の声を上げると男は空を飛んだ。
男の【魔能力】は【鳥】のようだ。もしかしたら、種類が明確に分かれてるのかもしれないんだけど、俺は生物には詳しくない。
それでも鳥が空を飛べることは分かる。
完全に宙へ舞われる前に引きずり下ろす!!
「させるか!!」
俺は【魔能力】を発動し、男の足を掴もうと跳躍するが――
「……あ」
天に伸ばした俺の手は届かなかった。その理由は単純で俺が跳ねた分の距離を男は動いただけ。
「ごめん……なの」
空中に飛んだ俺は、横に素子さんがいることに気付いた。どうやら、素子さんも俺と同じことを考えていたようで、足に光を纏い跳躍していた。
彼女が滑り、演技している間は周囲への影響を無効化する。それは、敵だけでなく味方でも同じことが言えるようだ。
「演技が始まれば俺の【魔能力】は発動しないって……味方でもか!?」
俺の【魔能力】を無効化した素子さん。
この戦いを俺に譲るつもりはないようで、
「みたいなの……。銅次は怪我してるんだから、黙ってみてるの」
地面に着地した素子さんは、滑ることを辞めなかった。
「いや、そういうわけには――」
いかないんだけど……そうするしかないよな。彼女が動き続ける以上、俺は役には立たない。
「素子さんなら、負けないか」
不可視で不可避な一撃がある。しかも、それは威力の調整が可能。
「素子さんは、もう誰も殺さない」
俺はそう信じてる。
だが、俺の認識は甘かった。
「……なっ!?」
素子さんが勝つことを前提で考えてしまっていた。
その素子さんが、空中から餌を狙う鷹の如く急降下してきた男に、いともたやすく捕えられてしまったのだ。
鉤爪に変化した男の足に捕まれる素子さん。俺の腕よりも細い足なのに、握力は強いのか素子さんは逃げられずにいた。
「そういうことか……」
俺は例え怪我をしていようとも、自分で戦うべきだったと後悔する。
「素子さんが無効化できるのは周囲に影響を与える【魔能力】だけ。身体の変化は自分が変化するもの……。だから、無効化が不可能なんだ!!」
更に厄介なことに変化することで、強化された身体能力に更に生物の力が上乗せされる。
素子さんの滑走よりも早く動けば、捕らえることは簡単なはずだ。
「【魔能力】には明確に有利不利があるのか……!!」
素子さんが俺の天敵であるように、身体に生物の力を宿す【魔能力】は素子さんの天敵だった。
鳥の鉤爪に掴まれた素子さん。
バタバタと手足を動かすが、そんなものは抵抗にすらなっていないようだ。
「だとしても、なんで攻撃に転じないんだ?」
無抵抗に足掻いても、逃げられない。
俺は浮かんだ疑問を、宙に浮かぶ素子さんに送るが、やはり、攻撃を行うことはなかった。
「ははっはっは。無力に死んでいく人間ほど虚しい瞬間はねぇよな。死を悟った人間の目が俺は大好きなんだよ」
「……っああ!」
握る鉤爪に力を込めたのか、素子さんが、痛みで悲鳴を上げる。
どうすれば、彼女を助けられる!?
折角、俺の思いが届いたのに――。
「って、あ」
そうだ。
俺はもう、ここで見てる必要はないじゃないか。だって、素子さんはもう滑ってないんだから。そんな当たり前のことに気付いた俺は、貯蓄した時間を加速に費やしていく。
「肉体を変化させるあいつの【魔能力】には、俺は有利だ」
身体が強化され防御力は上がるだろうが、その分、手数で攻めればいい。
こっちは既に生里を倒してるんだ。
似たような【魔能力】を持つ男を倒せない訳がない。
「はっ!!」
この場における時を俺は支配した。
羽ばたく男の翼が遅くなり、鳳によって舞う木の葉が遅く昼寝をする赤子のように緩やかになる。
「……よし!」
俺は空中を飛ぶ男に手を伸ばすため、木々を利用し跳躍を高めていく。
木と木を壁キックの要領で幹を弾く。
「はっ。はっ。ははっ!!」
森を上空へ抜けた男。その高さであれば普通の跳躍なれば届かないと思ったのだろう。仮に届いたとしても、その分、自分も逃げればいい。
だが、俺の力がそれを許さない。
止まった男に俺の手が届いた。
俺は空を舞う男の頭上へ跳ねた。
素子さんを捕えた時点で、もっと高く飛んでいれば俺が届かなかっただろうに……。
いつでも逃げれるという油断。そのおかげで、俺の手が届く!!
「おらぁ!」
手を伸ばした俺は、羽毛が重なる柔らかな翼を掴んだ。そして、地面に突き落とすように放り投げた。
能力を解除すると、男は地面に向かって垂直に落ちる。
「うわあ!」
土煙を舞わせ地に伏す男。落下したダメージで拘束が緩んだのか、素子さんが這い出てきた。
「よし、じゃあ、このまま拘束してしまうか!」
すとんと地面に着地した俺は、再び能力を発動してグルグルと男を巻いていく。
今後、もし公式戦に参加した時のために、拘束用の道具を持った方がいいな。そんなことを考えながらも作業を終えた俺は、発動していた時間加速を解除する。
「なっ! 馬鹿な! いつの間に俺が……!?」
「取り敢えず、これにて一件落着だな」
パンパンと手を叩き汚れを払う。
後は……この人か。
俺が向き合ったのは、男に襲われていたターゲット役の男の人だった。足に怪我をしているのか、動けずその場で頭を抱えていた。
「……いやだいやだいやだ」
死にたくない。
そう繰り返す男性に俺は優しく手を置いた。
「もう、大丈夫です。俺達はあなたを殺す気はありません。勝負が終わるまでの間、一緒に行動しましょう」
「え……?」
男は信じられないという面持ちで俺達を見つめる。
男にとってここは狩場で、自分は狩られるのを待つだけの獲物。狩人である俺達の「守る」なんて言葉を鵜呑みにできるわけもない。
「本当に……殺さないのか?」
震える目。
それはまさに死を待つだけの瞳だ。
「そう……なの」
素子さんも小さく頷く。
俺達二人が本当に殺す気がないことが伝わったのだろうか。
男は一段と涙を流しながら、「ありがとうございます。ありがとうございます」と、抱き着かんばかりの勢いで頭を下げた。
死から解放された喜びは大きく、涙と笑みが混ざった感情の雫が森へ消えていく。
「……不思議な感じなの」
「へ?」
抱き着かれた素子さんが困ったように俺を見た。
「どうしました?」
「何故だか分からないけど、私まで嬉しくなるの」
素子さんの顔が「くしゃっ」と崩れる。
可愛らしい少女の笑み。
やっぱり、どの時代でも人に感謝されることは嬉しいんだ。素子さんの笑顔が徐々に大きくなっていく。
その笑顔を掻き消すように空から声が響いた。
「タイムアーップ!! 『ハント戦』はこれにて終了だぁ!!」




