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三話

「はぁ~、気持ちいい」


 俺は縁側で日光を浴びながら寝転ぶ。この町の太陽は最高だ。その昔、どこかのお偉い将軍さんが「愛すべき日光だ」とこの町を『愛日』と名付けたとか。

 暖かな光が植物を照らし青々とした匂いを生み出す。家の脇を流れる川の音が心地のいいオルゴールのように眠りを助長させる。


「ほら、これでもお食べ」



 時刻は15時。

 祖母が、お盆におはぎを乗せて持ってきた。

 俺がいる場所は祖母の家。昔ながらの日本家屋に祖母は一人で暮らしていた。年齢は70歳で、孫の俺が言うのもアレだが、祖母は年齢より若く見える。本人は白髪を気にしているようで、念入りに染めているから余計に若く見えるのかも知れないけど。


「ありがとう、おばあちゃん」


「いえいえ。それより銅次は休みなのに家になんて来ていいのかい? 今は青春の真っ盛りじゃないのかい?」


「あ~。そういうのは銀壱に任せてるから。俺はこうして昼寝が出来たら幸せなんだよ」


 俺は脇に置かれたお盆を手で掴み、一口で平らげる。荒い小豆の食感とガツンと甘い餡。中のもち米は柔らかくて絶品だ。何個でも食べれてしまう。

 次々とおはぎを平らげる俺を祖母が見守る。


「本当に昔から銅次は昼寝が好きだねぇ。赤ちゃんの時だって、銅次はずっと寝てて、銀壱はたんと泣いて。本当に双子かとあの子と言ってたもんだよ」


 祖母は「あの子」と遠い目をして空を見上げる。俺達の母親であり、自分の娘のことを思い出しているのだろう。


「あ、今日は夕飯も食べていきたいから、よろしくお願いね」


「あら、そうかい。なら、買い出しにでも行ってこようかねぇ」


 祖母は立ち上がると、空になったお盆を持って台所へ消えていった。

 気持ちのいい昼寝日和。そこに満腹が加われば、眠りに落ちるのにそう時間は掛らないかった。





「う、うう……ん」


 俺は身体を伸ばす。片目だけ開けて周囲を確認する。いつの間に夜になっていたのか、辺りは真っ暗で縁側は少し肌寒い。満たされていたお腹もいい具合に減ってきた。

 俺は縁側から立ち上がり、祖母がいるであろう居間に移動する。


「ばあちゃ~ん。今日の夕飯なにかな~?」


 だが、そこには誰もいなかった。いつもならば、テレビを見て祖母は過ごしているのだけど、テレビの電源も入っていない。


「あれ? ばあちゃん?」


 まだ、夕飯の準備をしてくれてるのだろうか? 俺は今から台所へ移動する。今日の夕飯はなんだろうか? 祖母は俺達が泊まりに来ると決まって餃子を出してくれる。祖母の手作り餃子は、野菜が多めでふわふわなんだよな。


「いない……?」


 だが、台所にも祖母はいなかった。それどころか料理をしていた痕跡すらない。残っているのは俺がおやつに食べたおはぎの皿だけ。


「まさか、道中で倒れてるんじゃないか?」


 そんな予感が頭をよぎる。

 ばあちゃんが買い物に行くスーパーは歩いて5分程。俺は急いで靴を履いて飛び出すが――、


「は?」


 目の前にはファンタジー世界が広がっていた。

 コンクリではなく煉瓦で整備された道路。脇には電柱もなければ、車だって一台も走っていない。

 明らかに日本ではなかった。


「……なにが起こったんだよ」


 俺は確かに祖母の家にいたはず。自分の記憶が間違えてないことを確認すべく、残された証拠いえへ振り返る。すると、俺を馬鹿にするように、祖母の家が風に流され消えていった。サラサラと砂で作られた城のように……。


「なんなんだよ……」


 俺はその場で蹲り、頭を抱える。昼寝している間に何があったんだ?

 俺は過去にタイムスリップしたのか?

 それとも異世界転移ってやつか?

 様々な可能性が脳内を駆けまわる。


「駄目だ。立ち止まっていても何も始まらない。とにかく、手掛かりを探そう」


 

 見慣れぬ世界を警戒しながら足を動かす。電気のない夜道がこんなに怖いとは……。現代では味わえぬ恐怖だ。鳥の鳴き声や虫のさざめきが聞こえるたびに、ビクリと身体を震わせる。


「虫も鳥もこの世界にはいる。それが分かっただけでプラスだろ」


 怖くない。今の俺にとっては何でも良い情報だ。自分に言い聞かせながら歩く。夜道に目が慣れてきたころ、ようやく俺は手掛かりになりそうなモノを見つけた。

 モノって言うか人だけど。

 前方に二つの人影が見えたのだ。


「よし」


 俺は見知らぬ人へ話しかけることは嫌いだが、そんな悠長なことを言っていられない。二人へ近寄り、「すいません」と、ありったけの勇気を振り絞って話しかけようとした時、


「なにしてるのよ!!」


 

『何か』が俺の腰を掴むとふわりと宙へ浮いた。さっきまで俺が立っていた地面が遠くなり、風を切るように頬が揺れる。あまりの唐突さに叫び後を上げたくなるが、そうなることを予想していたのだろう。ズボリと口の中に手を入れられた。


 何度か地面を蹴った後に俺を掴んだ『何か』は止まる。

 乱暴に手を離されたことで、俺は腹から地面に落ちた。肺が圧迫され空気が漏れる。蛙のような声を上げた俺に目線を合すように少女は膝を曲げた。


 視線と視線が出会う。

 俺を掴んでいたのは――少女だった。朱色のルインテールが風に揺れる。目鼻はくっきりとしており、肌の色素は薄い。

 俺はこの顔を知っていた。


吹楚すいそ先輩……!!」


 彼女は兄貴の彼女、吹楚先輩だった。

 見知らぬ風景に戸惑っていた俺にとって、知り合いがいるということは心強かった。でも……髪色、そんな派手だったかな?

 もともと、色素は薄かったけど、ここまで真っ赤ではなかったように思うのだが。


「良かった。いきなり訳が分からない場所に代わってて焦ってたんですよ。それにしても吹楚先輩、髪を染めるなんて、派手な高校デビューを目論みましたね」


 知り合いに会えた安心感から、馴れ馴れしく話しかける俺。

 吹楚先輩は、俺を避けるようにして数歩下がった。


「あなた……なに言ってるのよ。頭おかしいんじゃないの? 私は吹楚すいそなんて名前じゃないわ。残念なことに人違いよ」


「……」


 言われてみれば確かに似てはいるが、細部に違いがみられる。少女にある右目の下の泣き黒子は吹楚先輩にはなかった。しかし、似ている度で言えば双子である俺と銀壱とそう変わらなかった。瓜二つとまでは行かないが、双子程度に似ていた。


「あなた……【貴族】に話しかけるなんて、なんて馬鹿なことしようとしたのよ。彼らに関わると私たちにも被害が及ぶ可能性があるのだから軽率な行動はしないでよね」


 少女はこれ以上は俺と話す気はないのだろうか。腰を僅かに落とすと人間離れした跳躍で去っていった。


「え、ちょっと!!」


 吹楚先輩に似た少女は俺の疑問を増やして消えていった。


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