二十五話
「いよいよ……公式戦当日なの」
公式戦の当日。
俺達は『愛日』の中心にやってきていた。50年前、この街の中心には食パンのような役所が建っていたのだが、現在は違う建物がそこにはあった。
巨大な半球。
見た目は、歴史の教科書に載っているような闘技場。ローマにあるんだっけ?
俺は威圧的な外観の闘技場を見上げ、この日に向けて特訓した日々を思い出す。
「……ようやく、この日がやってきたか」
「ああ。私たちはよくぞ地獄のような特訓を耐えた」
俺と絵本は、もう特訓をしなくていいということ喜びから、共に瞳に涙を溜めていた。
この一か月間。もはや、ひたすらイムさんの話を聞かされるだけの日々だった。最後の一週間なんて、俺、読んでない漫画の話聞かされていたもん。
「地獄が終わったんだ」
「銅次。この一か月、君がいたから私は乗り越えられた」
「ばーか。それは俺の台詞だよ。その、なんか……ありがとな」
共に死地を潜る抜けた仲間に、俺は手を差し出す。絵本も同じことを考えていたのだろう。同じタイミングで手を伸ばしていた。互いに強く握り合う。
もしも、このシーンが漫画だったら劇画風にでもなっていることだろう。
確かな友情が俺達の間には芽生えていた。
「……脱げばいいの?」
そんな場面を壊すように、素子さんが上着に手を掛けて聞いてきた。
「なんでですか! だから、あなたは露出狂なんですか?」
俺の問いかけに真摯な表情を浮かべる素子さん。
「……。露出狂と聞くと男ばかりのイメージが沸くけど、それは男女平等じゃないと思うの」
「恐らく、そこには誰も平等性は求めてないと思いますけどね」
この金髪縦ロールのお嬢様は何処を目指しているのだろう? 牢屋にでも入りたいのかな?
まあ、この時代に公然わいせつ罪なんてあるとは思えないんだけど……。
「……中に入るの」
◇
闘技場と聞けば、膨大な観客席をイメージしてしまう俺だったが、中に入ると意外なことに観客席はただの一つもなかった。
扉を潜ると控室のような部屋があり、その先は試合が行われるであろう広間があった。真っ白なタイルが敷き詰められた会場。
どうやら、天下一を決める武道会のように場外はないらしい。
ただただ、まっさらな空間だけが広がっていた。
闘技場と呼ぶには虚しさを感じるほどに。
「あれが――私たちの対戦相手ですか?」
絵本が視線だけで向かいにいる人々を示す。遠目でも制服が真っ黒なのが分かる。つまり、俺達の対戦相手は黒の群衆。
「黒は――絶対魔族王政なんだっけ?」
いつだっただろうか。
アカネから、色ごとの体制を聞いた時、黒のことをそう表現していたのを思い出す。
「でも、そんな雰囲気は全くないな」
まるで、高校生の部活動のようだ。
楽しそうにはしゃいでいるのが良く分かる。
人数も多いし。
相手は十人近くが闘技場にやってきていた。
「って、そうだ! もし、球技とかになったらどうするんですか! 俺達は三人しかいないですよ!?」
ルールが分からない以上、沢山の人間が集まった方が良いことくらい俺でも分かる。
球技のようにそもそも人数が必要になることもあれば、ルールによって有利になる【魔能力】があるだろう。
俺は今すぐにでも、仲間を呼んだ方がいいと素子さんに詰め寄るが……。
「うん。でも……自由なのが私たち銀の群衆なの」
銀の群衆の特徴は放任主義。
だけど――。
「はぁ。私たちは自由でなかった気がするんですけどね」
俺の気持ちを代弁するように、絵本が愚痴をこぼした。もっとも、心底がっかりとした俺と違い、どこか楽しそうな表情を浮かべているのだが。
俺達が話をしていると、闘技場の中心にモザイクのような光が満ちる。
無数の小さな四角が重なるようにブレて、とあるモノを創り上げた。闘技場の中心に現れたのは、俺でも見たことがある『物』だった。
それは――。
「サッカーゴール?」
白いポストが長方形に枠組まれていた。
網目状の縄もまさしくゴールそのもの。だけど、ゴールは一つしかない。もしも、ルールが俺の知るサッカーなのであれば、ゴールは二つ必要になるはずだが……。
俺の疑問に答えるように、闘技場の頭上――誰もいない空中から声が響いた。
空には拡声器やスピーカーは見当たらない。
どうやってるのかと一瞬考えてしまうが、ここは魔族に支配された世界。深く考えるだけ無駄だ。
空中から降り注ぐ声は、どこまでも陽気にルールを告げた。
「今回、行われる公式戦のルールは――『PK戦』だ!!」
「PK戦……」
俺は姿の見えぬ声の主の言葉を繰り返す。
PK戦。
えっと、確かペナルティキックだっけか? ゴールキーパーとボールを蹴る人間が一対一で競うヤツだ。
「……PK戦。久しぶりに聞いたの」
素子さんもルールは分かっているのか、僅かに眉を顰めてみせた。
くるりと首だけを動かして、
「……私の【魔能力】じゃ向かないから、二人のどっちかに任せるの」
ちょこんとその場に体育座りをする。
「それは構わないですけど……『PK戦』って何をするんですか?」
絵本は『PK戦』について知らないのか。
座る素子さんに問いかけた。
「私が……教えて上げるの。」
素子さんが座ったまま手首を動かして絵本を呼ぶ。
どうやら、ルールの説明をするようだ。
「銅次も……聞くの」
「あー。俺はいいですよ。ルール、分かってるので」
「そう……なの」
まあ、ルールも何もボールを蹴って点を取り合うだけだ。
話をする二人の脇で俺はひたすらサッカーゴールを見つめる。
「サッカーか……」
俺は部活動に所属してなかったので、あまりやったことがないが全くの未経験という訳ではない。体育の授業で経験したことがあった。しかも、俺は決まってゴールキーパーを任されていた。
任されてたというか……、
「邪魔だからずっと立ってろって言われてただけなんだけども」
懐かしいな。
目を瞑れば声が聞こえてくる。「俺達チームにはキーパーいないんだから、手を抜けよ」と笑う生里の声。俺はいない人間とされてたんだっけ。
ゴールのポストに寄り掛かり、ひたすら時間が過ぎるのを待った。早く時が過ぎろと後者に取り付けられた大きな指針とにらめっこしていた。
「だから、時間貯蓄なんて力が手に入ったのかもな」
あの時、俺が望んた力が――今の俺にはあった。




