二十四話
「いやー。その漫画でもっとも熱いのは主人公の能力が強化されたところだよね。力で勝てない主人公が、手数で勝負し、自分よりも巨大な岩石を手数の力で破壊してヒロインを助けるところなんて、もう、最高だよな。僕、そのシーンだけ何百回と見ているよ。あ、でも、そのシーン以外にも何百回と見ているシーンがあって――」
漫画を読む特訓。
それだけ聞けば、漫画大好きな俺から知れば、幸せな時間といって差支えないだろう。現に漫画を呼んでいる間は、時間貯蓄を使おうと思わないほど、時間の流れが早かった。
が、問題はその後――予想していないところで苦戦を強いられていた。
それは、シリーズを読み終える度に、イムさんと語り合わなければならないことだった。
いや、語り合うなんて綺麗な言い方をしてしまった。
一方的に、ただ、一方的にイムさんの感想を聞き続けなければならない。
しかも、何時間もだ……。
「だから、漫画を読む速度を遅くしたいのに……!」
漫画自体は滅茶苦茶面白くてページを捲る手が止まらないのだ。「悔しい、読みたくないのに読んじゃう!」みたいな感覚だった。
「おいおい。僕の話を聞いているのかい? 銅次くん?」
イムさんのしている仮面は都合のいい事だけを見せるようにできているのではないか? 露骨に早く終わって欲しいと表情に出しても、イムさんは話し続ける。
……俺は好きなものを語るときでも、一方的に話すのはやめようと密かに決意を固めた。
「あ、そうだ」
どうせ、俺のことなど気にしていないのであれば、この時間を貯蓄すればいいではないか。貯蓄した時間、俺は意識を失っているらしいけど、俺が感じる時間は一瞬。
我ながら名案だと試しに一時間を貯蓄に回した。
丁度良かった。
最近、時間貯蓄できていなかったから。
俺の視界に浮かぶ数字が、
1:00:00
に増える。
この世界じゃ何が起こるか分からないから、毎日少しずつ時間は貯蓄しておかないとな。
「バン!」
俺の意識が一時間後に移動した瞬間。
イムさんが指のピストルで俺の身体を撃ち抜いた。玉座の前で正座していた俺の身体は宙を舞い、扉にぶつかった。
「がっ……」
「人が好きなものを話している時間を、貯蓄に回すってどういうことだい? 銅次くん」
玉座に座ったままのイムさんは両手の形を銃へ変えると、俺に向けて乱射する。
「あ、ちょっと!!」
折角!
折角、時間を貯めれたのに!!
俺は弾幕を回避するために能力を発動して、回避を試みる。が、俺が移動した場所に、銃弾が飛来する。
自分から銃弾にあたるように動いた俺は、再び吹き飛び床を転がる。
全ての時間を使い切った俺を、イムさんが踏んだ。
「な、なんで……。俺は加速していたのに?」
「馬鹿だな~。君はいうならば自分の身体を早送りにしているだけ。僕たちの動きが遅くなってるわけじゃないんだよ」
俺の視界では動きが遅く見えるが、イムさんたちからすれば、俺が早く動いているだけ。
「早いだけなら目で追える。銅次くん。この漫画ちゃんと読んだ? ライバルキャラがそうやって加速の力を持つ主人公を倒してたじゃないの」
自分の瞳を指さしてイムさんは舌を出す。
言われてみればそんな場面があったような……。一気に読んでしまったがゆえにうろ覚えになってしまった。
「やれやれ……」
倒れた俺の頬を掴むと地を這わせて玉座の前に移動させる。
「じゃあ、僕がそのシーンを解説してあげようではないか!!」
「まだ、話し続けるの!?」
イムさんの漫画話はその後、三時間続いた。
◇
「お、終わった……」
「うん。特訓というからどんなモノかと思ったけど、大した内容でなくて良かったよ。これなら、毎日お願いしたいくらいだ」
「……お前はイムさんに感想を聞かされてないから、そう言えるんだよ」
絵本は、披露する俺の隣で余裕の笑みを浮かべていた。一々、優雅な雰囲気を醸し出す。
日が変わった直後の深い夜。冷たい風が疲れた体を更に傷付けるように肌を刺す。中世風なファンタジー世界でも、この夜ばかりは変わっていないように思う。
「はぁ……。こんなことなら、早く公式戦とやらが終わって欲しいよ」
そう言えばと俺は絵本に聞いた。
「公式戦が魔族が強制的に群衆を戦わせる場っていうのは分かったけどさ、どんなことをやるんだ?」
「それは分からないな」
「へ?」
「公式戦にルールなんてものはない。その時の魔族の気分で全てが決まるんだよ。私も二回ほど公式戦を見たことがあるんだが……」
絵本は言い辛そうに口に手を当てた。
「一回目は十人ほどの対戦相手に囲われ、『一時間生き延びたら勝ち』というルールと、もう一回は、野球というスポーツで勝負をつけていたな。君は野球を知っているかい?」
「野球なら知ってるよ。けど、一個目のルールと雰囲気違い過ぎだろ……」
野球ならばまだ、ゲームとしては成り立つと思うが、絵本が口にした一個目はゲームというよりも虐めに近いではないか。
「ま、そういう訳だから対策の立てようもない。戦う私たちからすれば、安全なルールになることを祈るだけさ」
すっと絵本は月に祈るように両手を組んだ。
キザな動きが絵になる男だった。
翌日、イムさんの元へ行った絵本。彼の表情から、笑みが消えていたことは――ここだけの秘密だ。




