二十一話
自分が弱者になると生里は考えてもいなかったのだろう。
地を這う蛾ほど情けない姿はない。
ボロボロになった羽を、アカネが蹴飛ばす。
「……お前が!!」
顔が砂利に塗れた生里。恐怖に支配された表情でアカネを見上げる。
自分の娘から向けられるのは殺意。
アカネは懐からナイフを取り出した。少女には似付かわしくない無骨なミリタリー色の強いナイフ。
生里に馬乗りになるようにして、身体を押さえつける。そして、躊躇いなくナイフを振り上げた。
俺は残された加速を使いアカネの腕を掴んだ。
「やめろ!」
アカネは興奮しているのか、荒い呼吸が食いしばった歯から漏れる。
「離せ! 私がコイツを殺すんだ!」
生里を殺すと暴れるアカネ。憎悪で輝いていたアカネの瞳は、復讐を前に鈍い色に変貌していた。人を見る目ではない。それこそ、生里が言っていたゴミを見るような目。
生里を倒したことで二人の立場が変わっていた。
俺は暴れるアカネをより強固に抑えるべく背後から羽交い絞めにする。
「なにするんだ! こいつは殺さなきゃ行けないんだ!」
「でも……!!」
人を殺すことは良くないことだ。
アカネには生里の為に手を汚して欲しくない。アカネを生里の上から引きはがす。これをチャンスと見たのか、「う、うわあああ!」と、生里は無数の肢を持つ昆虫が如く逃げていく。
「待て!! まだ、話は終わってないぞ!」
俺は手を伸ばし後を追おうとするが、生里も死にたくないと必死だったのだろう。火事場の馬鹿力とも言うべき速度で去っていった。
「くそ……。時間の貯蓄を残しておくべきだった」
加速すれば後を終えたのに……。生里を、捕えて兄貴の元へ連れて行きたかった。
殺すべき対象がいなくなったところで、俺はアカネの束縛を解いた。
「なんで邪魔したんだ!」
復讐の刃は目的を見失い俺に先が向けられる。
「なんでって……そりゃ……。なにも殺さなくてもいいだろ」
俺だって生里を殺してやりたい。でも、それをしたら俺は生里と同類になる。吹楚先輩を殺した奴と一緒になることだけは御免だった。
俺の言葉にアカネは鼻を鳴らす。
「やっぱり、あんたは平和ボケしてるわね。群衆同士は殺し合いなの。何の覚悟もないのに邪魔しないでよ」
アカネは俺の身体を押すと、どこかへ消えていった。
どっと疲労が襲う。
俺はその場に腰を降ろすと、
「彼女が言ってることは正しいよ」
絵本さんが俺の肩を叩いた。
「絵本さん……見てたんだ」
俺達の戦いをずっと見ていたのか。
「まあね。もし、君が死にそうになったら助けようと思ったんだけど、まさか生里を倒すとは……恐れ入ったよ」
「結局、逃げちゃいましたけど」
「だね」
肩を竦めた絵本さんが空を見上げて呟く。
「……イムさんはこうなることを予想していたのかな」
「へ?」
「もし、君が生里を倒して、止めを刺しきれずに逃げられたら、イムさんの所に着て欲しいと彼は言ってたんだよ」
俺が去った後――そんな話をしていたのか。
正直言うと、今は誰にも会いたくないがイムさんには逆らえない。
俺は絵本さんと、共に歩き出した。




