プロローグ 2
暗がりの中にぼんやりと、蝋燭の光が浮いている。
僅かな灯りに浮かび上がる小部屋は狭い。中央に据えられた石の祭壇、周りに立てられた蜀台と捧げられるように置かれた呪具の数々、それらの物が配置された隙間にようやく人が立てる程度の広さしかない。その割に造作はやけに重厚で、柱は太く、彫刻が施され、一つ一つが人の顔ほどもある床石のタイルにも精緻な模様が描かれている。しかし、そのタイルの意匠を凝らした模様も、上にべたりと塗りつけられた赤黒い液体のおかげで台無しになっていた。
祭壇を囲むように描かれた方陣。幾重にも重なった円や文字らしきもの、記号でびっしりと埋められたそれからは、生臭い血の臭気が立ち上っている。そして、生き血で描かれたその方陣の中には埃と血で汚れたローブを纏った女が一人、祭壇の縁にしがみつくように座っていた。
「…ようやく…ようやく…」
呟く声は掠れて、今にも消えそうなほどか細い。ローブの袖から覗く手は枯れ木のようにやせ細り、目深に被ったフードから覗く頬もこけている。女の余命が幾ばくも無いことは明らかだったが、それでもその声は喜びの色に満ちている。
「…わた、しの…」
それが女の最後の言葉だった。
縋るように伸ばした手は、祭壇に横たわる人影に届かないまま地に落ちる。祭壇に突っ伏すように絶命した女の顔は、やはり心底幸福そうだった。
ジジ、と音を立てて蝋燭の炎が揺れる。生きた者の気配が絶えた部屋の中、それが唯一の物音だった。そしてその音に誘われるように、祭壇に横たわっていた人影の瞼がゆっくりと上がる。
「……やく…き、て…」
唇からこぼれる微かな呟き。聞く者の無いその言葉は、ただの音の羅列でしかなく、すぐに余韻も残さず消え去った。