01
雨がさあさあと降っている。
今朝からずっとこの調子のため、周りの生徒はさみーだりーと口にしていた。
いまから帰ろうとしていた私もそれには同意するしかない。
「待ってー」
後ろを振り向いてみたら女の子がこちらに来ようとしているのがわかった。
でも、私にではなく他の子の横に並んで、楽しそうに話しながら帰っていく。
みんなにとっては普通のこと、私にとっては羨ましい光景。
「おかえり」
「あの、まだ家じゃないんですけど……」
「どうでもいい、乗れ」
「はあ」
別にお嬢様だとかそんなことはない。
通っている高校もこう言ってはなんだけど普通よりちょっと下ぐらいのところだ。
だからこれはただ父が甘いだけ、学校から家が遠いことを気にしてくれているのかも。
「今日はどうだった?」
「特に変わらなかったよ」
「友達は?」
「……いない」
高校1年生の11月。
父が過保護だからとかではなく、単純に友達がいない。
拒絶オーラを出しているわけではないのにどうしてだろうか。
「お父さんの学生時代はどうだった?」
「俺と母さんは幼馴染だったからな、ずっと一緒にいたから孤独な人間の気持ちはわからん」
「そこをなんとか……アドバイスを」
「あ、スーパーに寄っていくぞ」
残念、こればかりは自分で頑張るしかないということか。
車から下りて店内へと向かう。
雨でも変わらず利用客はそれなりにいて、みんなすごいなと思った。
大抵は主婦の人は一人で来ているようだけど、たまに夫婦で来ている人を見ると複雑な気持ちに。
このままでは年齢=恋人いたことないを更新し続けることになってしまうと。
「あ、お菓子買ってもいい?」
「ああ、母さんも食べたいだろうから自由に選べ」
ちなみに、母が働いて父が主夫をやっているという不思議な家庭事情だった。
それでも割と大きめな家に住めているし、相当な稼ぎだということが伺える。
その割には夕方頃には帰ってくるため、なんの仕事に就いているんだ!? と違和感があるぐらい。
「帰るか」
「うん」
父を働かせていない理由は仕事先で他の女の人と仲良くするのが許せなかったかららしい。
ただ、どちらかと危惧するのは男性の方ではないかというのが正直なところだ。
だって母は優秀なんだよ? そんな人はどうしたって魅力的に見えるもの。
「お母さんって人気すごそう」
「優秀だからな」
「取られちゃうかもよ?」
「母さんはそんな簡単には靡かない」
「ならどうやって振り向かせたの?」
やり方とか聞いておけば少しは参考にできるかもしれない。
男の子とそういう風になった際に堂々と接することができれば多少は容易になる。
「好きだ、これだけだな」
「えぇ、普通じゃん」
「普通でなにが悪い? 奇をてらうことがいいというわけではないぞ」
確かにそうかと納得できてしまった時点で私の負けだ。
「んー……帰ってきたね」
「ああ」
「今日もありがとうございます」
「ああ、気にするな」
家の中に入ると途端に落ち着くのはなんでだろう。
父の優しく丁寧な運転中の車内も十分だけど、ここに入るととてつもなく気分が楽になる。
学校では一人なりに気を張っているということなのだろうか?
「だから、友達になってほしいと言ってみたらどうだ?」
「んー……」
自分から意図して行動して作るものなのかという考えがある。
なんか自然に話しかけてきてくれて、それで共通の話題とかで盛り上がれるようになって~みたいな感じなのが友達と言えるのではないだろうか。
仮にこちらにその気があっても一方通行のまま終わるかもしれない。
大体、11月にもなって友達0ということはそれ相応の理由があるということだ。
なにか気に入らない点があるなら言ってほしい、が、それを指摘してくれる友もいないから詰みと。
「まあいい、焦ってもいいことはなにもないからな」
「うん、そだね」
そう、焦ってもいいことはなにもないという考えでずっと先延ばしにしてきた問題。
これからもそうして続けていったら結局最期まで同じような感じでいそうなのが不安だった。
学校――教室。
席に座って教室内を眺めているとみんなの仲良し度がよくわかる。
それは一人でいる者にとっては絶望的な光景ではある、向こうは楽しそうで結構だった。
同性とほとんど一緒にいない女の子や、逆に同性としかいない女の子もいる。
男の子は基本的に同性とばかり絡んでいて、今日も下ら――似たような話題で盛り上がっていた。
本を読んで時間をつぶしている子や、突っ伏して時間をつぶそうとしている子もいるところを見るに、一人に見える人間は私以外にもいるんだなと少し安心。
話しかけることはできるけど、クラスでの私の印象というのがわからないから動けず。
「誰か気になる子でもいるの?」
反対側の耳にだけ聞こえるような距離感に思わず立ち上がらずにはいられなかった。
「あのね、あのグループの子とかおすすめだよ、みんな優しいからね」
その子は涼しい表情のままあのグループは○○と教えてくれる。
なんか男の子に対してはやたらと冷たかったけどなんでだろう?
「ん? どうしたのそんな顔をして」
「あ……私に言ってくれてるんだよね?」
「うん、気になってるんでしょ?」
「気になってるっていうか……一人なのをただ気にしているというか」
驚くことなかったな、普通に横の席の子だ。
教室内では一切喋らないからどんな子かわかりにくかった。
でも、こうして普通に話しかけてくれるということはいい子なのだろうか?
「男友達と女友達、どっちを先に作りたい?」
「え、それは女の子の友達かな」
話せる子が教室内にいてくれるというだけでも精神的支えになる。
おまけに何気に送り迎えが恥ずかしいのでその対策にもいいだろう。
父も時間を私に使うことなく過ごせるのだから問題もないはず。
「ちょっと待ってて」
次の時間に使う教科書とかを出していたら派手な子をその子は連れてきた。
「この子と友達になって」
「はい? なんで?」
「え、この子が一人だからだけど」
「あのねえ、あたしは別に便利屋じゃないんですけど?」
「だけどあなたは人気者でしょ?」
「に、人気者なんかじゃ……ああもうその目はやめて」
前の席にどかっと座ってこちらを見つめてくる。
なんだろう、このとてつもないほどの威圧感は。
滅多に怒らない父が怒った時以上に迫力があった。
「ああ、あんた迎えに来てもらっている子でしょ?」
「うん……ちょっと過保護でね」
「いいじゃん、優しくて」
その点については同意するしかない。
なんでここまでしてくれるんだろうと思う時がある。
親だから当然だなんて思考にはなれないので、結構困惑する時があるのも事実だ。
「ずっと一人でいたけど友達ほしかったんだ?」
「うん……だけど意図して作ろうとするのは違うかなって」
「ははは、なにその変なプライド、それでこの時期まで友達0とか馬鹿じゃん」
それ、本当にこの子の言う通りだった。
明日の自分に任せすぎてしまった、チンケなプライドを優先するとこうなると学べたことになるが。
「つかさ、リョウカが仲良くするんじゃ駄目なの?」
「この子は私を見ていなかったから」
「それは違うでしょ、たまたま教室内にいるあたしたちを見ていただけでは?」
「うん、グループが出来上がってるなあって」
だからこそ余計に待つしかできなかったというか。
うん、こうやってなんでも他人のせいにしてしまうのは悪いところだ。
「あたしは別にいいけど」
「やっぱり人気者は優しいね」
「人気者じゃないよ。で、なんだっけ?」
「あ、空島ホトリ」
自己紹介をしたのなんて4月ぶりだ。
普通なら4月中に再度してよろしくーとなるのが――いや、言うまい。
「あたしは栗平ナホ、この子は」
「白花リョウカ」
「よ、よろしく」
「「うん」」
ただ、こういう形で出来上がったものってすぐ崩れてしまいそうだという不安があった。
長年一緒にいようと終わる時は一瞬だということはこれまでで経験したことがある。
責めることではないけど、今度は逆にまたすぐ一人ぼっちになってしまうのではないかという恐れが出てきて、思わず手をぎゅっと握った。
「どうぞ」
「え?」
「友達になったんだから好きな話題でもなんでも振ってどうぞ」
そ、そんなこと急に言われても!
お父さんが専業主夫なんですよーなんて言ったって面白くないだろうし。
「お父さんが専業主夫なんだよね」
でも、言った。
あんまりないことだから興味を持ってくれるかなって思ったんだ。
「そりゃそうでしょ、そうでもなければ毎日同じ時間に迎えに来るのは難しいからねー」
「羨ましいな、私も迎えに来てほしい」
「あんたは歩きな、そうしないともっと体力失くなっちゃうから」
「ナホは私にだけは冷たい」
「どこが、毎日お世話してあげているぐらいなのに」
そういえばこの二人の距離間って近いけど、どういう関係なんだろうか。
教室内で話しているところは今日初めて見たし、仲良さそうって感じはしなかったけどな。
「二人は仲良しなの?」
「ん? あー、この子一人暮らしだからね」
「え、な、なんか……大変な事情があるとか?」
「ないない、この子が一人暮らしをしたいって言って親が了承しただけ」
金持ちか! もし私が一人暮らしをするって言ったら絶対に止めてくるだろうけど。
「それでこっちが世話してるだけだよ、起こしたり家事したりお風呂に入れたり」
「え、過保護すぎない?」
「そうでもしないと駄目だからね。あ、寝ている時に話しかけるのやめた方がいいよ」
そういえば教室ではずっと寝ていたか。
それをわかっていたから栗平さんも近づいていなかったことになる。
だけど家では栗平さんに甘えていると、なにそれ、ギャップがあっていい。
「どうせなら今日見に来たら? それでわかるよ」
「あ、なら行かせてもらおうかな」
ちなみに白花さんはもう寝てしまっている。
栗平さん曰く、ちょっとでも動くとすぐこうなってしまうらしい。
それでよく学校生活を続けられているものだなというのが正直な感想。
「ナホ、珍しいところにいるね」
「佐久か」
「というか僕、空島さんが話しているところ初めて見たけど」
「あたしもだよ」
綺麗な女の子のお世話係でありながらきちんと男の子とも仲良くやっているなんて。
私ではできないことだ、仮に同じような感じになってもどちらかに偏って終わるだけ。
栗平さんが事情を説明してくれたことによって私が動く必要はなくなった。
「そっか、じゃあ僕も友達になってもらおうかな。樽井佐久です」
「あ、空島ホトリです」
「よろしくね」
「よ、よろしく」
最初はこういう形でも気にしなくていいか。
変なプライドを優先して一人で寂しがっているよりずっといい。
いきなり変えるのはなかなかできることじゃないから。
いまはただ白花さんに感謝するしかない、それと栗平さんに。
これからゆっくりと仲を深めていけばいいと決めた。
「上がって」
「お邪魔します」
車で帰らなかったのは初めてだ。
で、高校生になってからは他人の家に入らせてもらうのなんて初めてだ。
感想は大きくて綺麗だということ、なぜか栗平さんが全てをしていること。
家主であるはずの白花さんはソファに寝転んでスマホをいじっている。
じっと見ていたらいつもそんな感じだからと気にしていない感じだった。
「はい」
「ありがとう」
「リョウカも」
「ありがと」
床に座らせてもらって温かい飲み物を飲んでいたら両肩を掴まれて振り向く。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「し、白花さん」
「なに?」
「あの、髪がくすぐったい、かな」
「あ、ごめん」
ソファに招かれたので座らせてもらったら栗平さんも座ってきてぎゅうぎゅうに。
この距離間は緊張する、話したその日にこれってなかなかないと思う。
ただまあ、樽井くんが来なくて良かったか。
もし男の子とこの距離間だったらやっぱり引っかかるしね。
「ホトリは休みの日、なにしてんの?」
「私? うーん、家事手伝いかな、本を読んでいたりすることもあるよ」
「出かけたりしないの?」
「しないなー」
中学生時代の友達とは連絡も取り合ってないから行けないし。
一人で行きたくなるような魅力的な場所があるわけでもないから、どうしたって家になる。
「なら今度行こうよ、この子も連れてさ」
「白花さんが付き合ってくれるかな?」
「大丈夫、この子は意外と人付き合いいいよ」
見てみたら、栗平さんの肩に体重を預けて寝ているようだったけど。
どれだけ眠たいんだろうか、栗平さんが帰った後に寂しくて寝不足気味とか?
「何時までいるの?」
「22時ぐらいかな、本格的に寝るのがその時間だから。その時間までいないとうるさいんだよね」
完全に一人娘を心配するお母さんみたいになっている。
白花さんの頭を優しく撫でながら微笑んでいる様子は正にそうだった。
なんかあれだ、邪魔してはいけない光景な気がする。
余計な人間が足を踏み入れてしまったらこの尊さも失くなってしまうわけで。
「そろそろ帰るよ、今日はありがとう」
「まだいればいいじゃん」
「白花さんも落ち着かないだろうからさ、それじゃあね」
今日は徒歩下校だからというのもあった。
学校に許可を貰って自転車通学に切り替えるのもいいかもしれない。
なんだかんだ言って父に甘えすぎてしまっていたのは良くないことだ。
「寒い……」
昨日も今日も明日も明後日もずっと雨。
11月ということもあって、ダメージが跳ね上がるけど気にしない。
こんなこと生きていればこの先いくらでもある、一人ぼっちにならなくて済むのも大きかった。
「おかえり」
「嘘……」
白花さん宅のすぐ側に見慣れた車があると思ったらこれだ。
普通に乗り込んだけど、傍から見たら誘拐しようとしているように見えるのでは?
涼しい顔して「飴食べるか?」なんて言うもんだから普通に受け取っちゃったよ。
「友達か?」
「うん――じゃなくて、来なくていいって言ったよね?」
「言ったな、でも俺がどうしようと勝手だろ」
「校門の前にはいなかったじゃん」
「いつもは一人でいるお前が断ってきたら気になるだろ」
ああ、父のそれは栗平さんのあれに似ている。
そう考えてもやはり栗平さんはすごい、お金でも貰わなきゃやっていられないだろう。
だけどあの様子だとそういうの求めてないだろうから有りえないわけだ。
なんで家族でもない子のためにあそこまでできるんだ?
「今日はもう母さんいるぞ」
「え、それは嬉しいなあ」
「だよな……俺がいるより嬉しいよなー」
ちょいと面倒くさいところは父だけだけど。
そんなわけない、自分に優しくしてくれる人を嫌えるわけがない。
ただなんとなく直接お父さんがいてくれて嬉しいと言えなかったので、帰ってから肩を揉んだ。
母にぶうぶう文句を言われたからそっちも揉んで、おかげで手が疲れたという結果になった。
「え、ホトリちゃんにお友達ができたの? それなら外食にでも行きましょう!」
「大袈裟だよ、それにまだ友達だと言えないんだよね」
「そうなの? それならお友達だと自信を持って言えるようになったら車をプレゼントするよ!」
「運転できないからやめて……生活費に充ててください」
冗談じゃないないから相手をするのが大変だ。
昔、冗談でピサの斜塔を見たいと言ったら連れて行ってくれたこともあった。
あれから母相手に冗談は封印している、なんでもストレートに吐くのが疲れないためのコツ。
「母さん、俺も欲しいものがあるんだが」
「言って?」
「母さ――ぶはぁ!?」
「大丈夫、私はいつでもいるから!」
食器を流しへ持っていってお風呂へ。
洗面所もお風呂場も大きくて綺麗でいい。
何気にリビングに設置してあるソファも多分いい物だから白花さんが気に入ってくれるかも。
お互いの家に行ったり来たりをしていれば仲だって深まっていくだろうし、少しは栗平さんの負担を減らせるかも――いや、あれが栗平さんにとっての喜びだったらどうする? もしそうなら逆効果になることをすることになるか。
「ホトリちゃん」
「なに?」
「ホトリちゃんのお友達、見たいなーって」
「今度連れてくるよ」
「ありがとう!」
母と会える可能性はなかなかないだろうけどね――と、考えていたのだが。
「連れてきたぞ」
「え」
1時間ぐらい入ってたお風呂から上がったら、リビングに二人がいた。
白花さんはソファ一つを占領して寝っ転がっている。
栗平さんはそんな白花さんの頭をいつものように撫でていた。
「ど、どうやって?」
「母さんの望みだったからな、それなら動いてやるのが旦那だろ」
うんまあ父とはこういう人だ。
私を大切にしてくれているのも母から何度も頼まれているからである。
ならもしそれを言われなくなったら? 放置はしないだろうけど差がすごいだろうなと予想した。
「え、栗平さんもよく乗ったね?」
「ま、見たことのない人じゃなかったしね、ホトリのお父さんは有名だし」
有……名? 別に格好いいとかそういうのないと思うんだけど。
ただの母好きな父だ、逆に家事に専念している珍しい形を選んでいる人でもあるが。
「ホトリ、これはいいソファだね」
「うん、お母さんが拘る人なんだ」
「私、ここに住みたいな」
「え、そ、そんな純粋無垢な瞳で見られても決められないよ……」
少しだけ考えなしの母は「それならリョウカちゃんのお家に電話しないとね!」なんて言って笑っている。
父も「どうせ迎えに行くなら何人でも構わないぞ」とおばかなことを言っていた。
「あたしも連れて行ってくれるならそれでいいけどね」
「ナホは私がいないとだめだね」
「それはこっちのセリフなんだけど」
あかん……誰も止める人がいない。
私としてもデメリットがあるわけではないから構わないのがなんとも言えないところ。
だけどまだ慌てる時間じゃない、きっと白花さんの両親が断ってくれると信じていた。
「いいって」
「ならこれは私のだね」
「あんたはもう少し謙虚にね」
「それはナホがやってくれればいい」
なんで? どうして自然に住むことになっているの?
それこそ彼女はお嬢様なの? あ、栗平さんはメイドさんとか?
危ない、もし「栗平さんにはメイド服が似合いそうだね」とか言ったら――言わないぞ絶対。
「ナホちゃんにはメイド服を着てもらいましょう」
「め、メイド?」
「リョウカちゃんのお世話係なんでしょっ?」
「それは確かにそうですが……」
「敬語なんていいよ! これからは一緒に住む家族なんだから!」
気が早すぎる。
仮に住むとしても荷物を運んだりしなければならないのに。
ちなみに空き室はたくさんあるからゆっくりと過ごすことができるのは確実だ。
別に行動を縛られるわけではないし、両親は優しいからふたりもすぐ順応してくれるはず。
それになにより彼女の負担軽減にも繋がるわけだから悪いことばかりでもない……。
「住むなら荷物を取りに行こうか」
なんか気持ちが悪い、父が外面モードで接しているところが。
あっさりと彼女も了承して外に出ていった、だけど当然のように白花さんは残った。
「に、荷物はいいの?」
「うん、だってもう持ってきたから」
「そうなんだ……えっと、よろしくね?」
「うん、よろしくホトリ」
うつ伏せのままだったからいつもやっているマッサージをしてみた結果、
「気持ちいい……もっとやって?」
「う、うん」
いけない感じの雰囲気になりながらも本人が望んでいるならと続行。
その間にも父は何度も家に入ったり出たりを繰り返して、栗平さんの荷物を運んでいた。
こちらはなんでも求めてくれるからとアイスをあげたりお菓子をあげたりしていた結果、お世話係さんに怒られてしまう。
やはりやり甲斐を感じていたのだろうか? もしそうなら申し訳ないことをしてしまったことになる。
「あんまり甘やかすと常に甘えてくるからやめた方がいいよ」
「それって自分に甘えてくれなくなるから?」
「はい?」
「な、なんでもないですっ」
とりあえず二人に部屋やトイレやら必要な場所を教えてリビングに帰還。
「お父さん、若い女の子が一緒に住むからって狙ったりしないでね?」
「するわけないだろ、そんなことしたら母さんに殺される。なんのために俺が専業主夫をやっているのか忘れたわけじゃないだろ?」
「だって栗平さん曰く、有名人だそうだし?」
「余計なこと気にするな。それより二人を風呂に入らせてやれ」
「はーい」
ソファに張り付いている残念お嬢様みたいな子を剥がして洗面所まで連れて行く。
「ごめんね、二人は考えなしでさ」
「別にいいよ、ちょっと楽になるからね」
「お金とか貰ってなかったの?」
「貰ってないよ、そこまでのことはできてないし。ああほら、髪引っかかってるよ」
「やっぱりナホがいないと嫌だ」
こういうやり取りを見ていると余計なことをしたんじゃないかって気持ちになるもんだ。
救いなのは二人が楽しそうにしてくれていること、二人でいられれば場所とかどうでもいいのかもしれない。
私の家がすぐ落ち着ける場所になってくれたらいいなって思った。
「はいはい、あたしはすぐ近くにいるよ。じゃ、後で部屋に行くね」
「うん、ごゆっくりどうぞ」
盛り上がっている別の二人に挨拶をしてから部屋に行く。
「ふぅ」
小学生の頃から使用している勉強机の椅子に座って天井を見つめる。
オレンジ色にしてあるため目に負担は少ないけど、こちらの方が気を使う毎日になりそうだった。
仮に二人のどちらかと喧嘩した場合は家が落ち着かない場所になるから。
おまけに白花さんを怒らせた場合には栗平さんの威圧感を真正面から受けなければならなくなる。
「んー……」
「えっ?」
当たり前のように入ってきた白花さんがベッドの転んで寝始めた。
栗平さんが追ってきている感じはしない、本当にただただ単独で部屋に訪れたみたいだ。
こんなところを見られたらお世話係さんに怒られてしまうのでは?
1日すら経過せず不仲になって関係消滅、どころか悪口まで言われるようになるのでは!?
「あ、いた」
「こ、これは違うから!」
「大丈夫、リョウカはいつもこんなだから。誰かがいるところに必ず向かうようになっているんだよ」
蚊かなにかかな? 嫌われているわけではないのならそれでいい。
「ホトリ、ちょっと廊下で話そ?」
「うん」
化粧をしていないのもあって物凄く柔らかく感じる。
それどころか弱く感じる? まるで化粧がそういうバリアーみたいになっているように。
「ごめんね、住むことを決めちゃって」
「え、それは寧ろこっちが謝ることだけど」
「……実は結構大変だったんだよ、それに夜遅くに帰るの地味に怖かったし」
「そりゃあ……そうでしょ」
無償でできることじゃない。
これまではそうしていたんだろうけど、それは彼女が我慢していただけだ。
でもこうして一緒に住んでくれれば世話好きの父がいる、彼女にとってはいいかのかも。
「寒いのもあるし……なんかこれで時間消費するの……いいのかなって思ってて」
「栗平さん……」
「あの子といるのは好きだけど……ごめん、こんなこと」
「いいよ、お母さんも言っていたように一緒に住むなら家族だからさ」
「頼まれてたのになぁ……」
白花さんの両親にとっては冗談の延長線みたいなものだったのだろう。
だけどこの子には重すぎたのかもしれない、自分が見なかったらだめになるかもって考えて不安になって……それでずっと見るしかできなくてって感じか。
「私はあんまり使えないけどお父さんとかお母さんもいるからさ、頼ってよ」
「……ありがと」
「だからさ……泣かないで?」
「ごめん……」
ああ、こういう時になにもしてあげられない自分に腹が立つ。
私の両親だったら上手く支えて、泣いてる相手に謝らせたりしないのに。
話し始めたばかりとかそんなのはどうでもいい、私の使えなさがただただ露呈しただけだ。
「あ、リョウカ運ぶよ」
「いいよ、そのまま寝かせてあげよ? 栗平さんは部屋に戻って寝て」
「え、ホトリは?」
「私はお母さんと寝るから」
なんて、疲れている母の邪魔はできないからソファで寝るんだけど。
あの子が気に入っているソファで寝るのは悪いからもう片方で寝ることにした。
しっかり毛布をかけておけば風邪を引くことはない、大丈夫。
「おい、ここで寝る気か?」
「うん」
父は椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。
ちなみにあれはブラックコーヒーじゃない、父はメチャクチャ甘党なのだ。
「喧嘩でもしたのか?」
「してないよ、お父さんの顔が見たかっただけ」
「嘘をつくな、友達が自分のベッドで寝てしまったからだろ」
「え、気持ち悪いよ……」
そういうのやめた方がいいと思う。
母の耳に入ったらまず間違いなく父の好きな物が封印されることだろう。
そういうものだ、やはり稼いでいる人が1番偉い。
「たまには俺と寝るか?」
「別にいいけど、多分寝相悪いよ?」
この前なんか入り口前に転がっていて寒かった。
その前はなぜか椅子を蹴飛ばして勉強机の下で丸まっていたし、なんだろね。
「あの子があの子を支えるなら、お前があの子を支えてやれ」
「うん、それはできる限りしていくつもりだよ」
なにができるってわけじゃないけど、自分ひとりで頑張らなくてもいいと思えてもらえばそれで。
父は「暖かくして寝ろ」と残してリビングから出ていった。
寝相が悪いということは知っているため、やめることにしたんだと思う。
「ホトリ……?」
「あ、いるよ」
お気に入りのソファにではなく私の横に座って体重を預けてくる彼女。
さすがにちょっと気を許すのが早いと思った、対男の子でこんなことしたら絶対に不味い。
「……ね、私はナホにとって負担でしかなかったの?」
「……決してそんなことはないよ、だけど大変だったのは確かみたいだね」
嘘をついたってこの様子だとどうせばれる。
それに一緒に暮らす仲間なら嘘なんかできる限りつくべきではないだろう。
「……甘え過ぎちゃったのかもしれない」
「優しくしてくれたらついそうしたくなっちゃうよね」
母とはほとんど一緒に行動できないから父に付いていったりとか。
お菓子を買ってもらったりとかジュースを買ってもらったりとか。
こういう幼稚なところは直したいと考えている。
「……ありがと、これで少しは楽にしてあげられるよね?」
「多分、私もなるべく協力するからさ」
これから常に助けてもらっているような状況になるのだからこちらもなにかしないと。
なんでも一人で頑張る必要はない、だけどなかなか言い出せない子もいるだろうから見ておいてあげないとならない。
「白花さんはそのままでいいよ、だからこれからは私を頼って?」
「ホトリを? いいの?」
「うん、白花さんのおかげで栗平さんとも話せるようになったし」
あのままだと変なプライドを捨てられずに人生最期の瞬間まで同じだった。
教室でキョロキョロしていて良かった! そうじゃなければ彼女が話しかけてくれてないし。
「リョウカでいいよ」
「うん、ならリョウカちゃんって呼ぶ」
彼女が戻って私は依然としてソファに寝転んで寝たんだけど、
「あ」
朝早くに目が覚めてから気づいた、リョウカちゃんが起きたのなら部屋で良かったじゃんと。
まあいい、早くに起きたのなら家事でもしてあげてればいい。
「早いな」
「あ、おはよー」
「俺がやるからホトリはゆっくりしていろ」
「え、たまには私も――」
「俺から家事を取ったらただの無職のおっさんになってしまうだろ」
顔を洗って歯を磨く。
「んー……なんだかなあ」
昨日の私は偉そうだった気がする。
協力するとか言っておきながらなにもできずに歯がゆい毎日を送ることになりそうだ。
大体、まだ友達なのかも曖昧な状態なのにあれって……。
「おはよー……」
「あ、栗平さんおはよ」
「うん……あ、顔洗っていい?」
ぺっとしてから、ちゃんと洗ってから譲った。
もちろん新しいタオルとかは渡した、さすがに自分が使った後のを渡せないから。
「あはは……昨日は恥ずかしいところを見せたね」
「そんなことないよ。私も一緒に頑張るからさ、リョウカちゃんを支えていこ」
「うん……ありがとね」
お化粧をしない方が可愛くていいけど言わなかった。
他人のそういうところにいちいち意見するべきではない。
「リョウカちゃんは朝苦手だったりするの?」
「うん、起こすの大変だよ」
「あ、なら頑張ってくるね!」
彼女が大変だと感じることを積極的にやっていきたいと思う。
が、彼女の部屋に入ってみたもののそこは無人だった。
もしかしてと考えて自分の部屋に行ってみたら、
「綺麗だなあ……」
まるでお姫様みたいに綺麗なリョウカちゃんが寝っ転がっていた。
確か寝ている時に話しかけると云々言われていたけど、起こさないと遅れてしまうから仕方がない。
「リョウカちゃん、起きてー」
「ん……うるさい……」
「うげぇ!?」
い、いや、負けてはならない、可愛い妹ができたみたいでいいじゃないか!
「リョウカちゃん!」
「うるさい!」
「起きなきゃだめだよ!」
「静かにして!」
これだけ言っていてまだ起きてないのこれ。
結構ダメージが入るんですけど、そういう言葉は私のメンタルに突き刺さるよ?
「こらあ!」
「ぎゃあ!?」
こっちへ飛びかかってきたところで正気に戻ったのか私の横にスタッと着地した。
「あ、おはよう」
「う、うん……おはよ゛う……」
毎朝これが続くと考えただけで……頭痛が。
このままでは頭痛が痛いとか言いかねない。
「ホトリ、昨日はありがとね」
「ううん、お礼とか言わなくていいよ」
「ナホのところに行ってくる」
「うん、洗面所にいるだろうから」
二人がもっと仲良くなってくれればそれで良かった。
そのためにできることはたくさんしようと決めたのだった。