5話 赤羽アカネは、うっかりする
◇赤羽アカネの視点
……はぁ、焦ったぁ。
突然、ソウタくんにランチを誘われた。
え? なんで急に!? って思ったけど私がこっそり観察しているのを気付かれてたみたい。
おっかしぃなぁ。
『気配消し』の修行はしてたのに。
ソウタくんって、めっちゃ鋭い?
でも、霊感はゼロだよね。
あれだけ近くにいるユキナちゃんに、まったく気づいてないし。
ユキナちゃんが居なくなってから、ソウタくんと長く話すのは初めてだった。
そもそも二人で、あんなに話したことも無かった。
いつもは、間にユキナちゃんが居たから。
(……結構、楽しかったな)
自分でも意外だった。
私は昔から人見知りで。
ユキナちゃん以外の親しい友人も少ない。
男子に至っては、どちらかというと苦手だった。
特に、ガツガツくる男子は本当にダメで。
ソウタくんはフランクなんだけど、距離感を絶妙に保ってくれる。
だからとても話しやすい。
もっとも、そもそも二人きりではなかったのだが。
(ソウタくんの後ろにぴったりユキナちゃんがくっついてたからね~……)
危なかった。
何度も目が合いそうになった。
何とか誤魔化すことができた。
除霊の基本――『霊と会話をしてはいけない』。
霊は、この世に未練を残している。
だけど、霊は生きている者に触れることや、話すことができない。
一般人なら、幽霊に気付かないから問題ない。
問題は、私のような幽霊が『視える側』の人間だ。
うっかり目を合わせてしまった日には、間違いなく霊は寄って来る。
最悪、取り憑かれることだってある。
だから除霊の基本は『霊に気付かれないよう、霊が望んでいることを探る』だ。
だから私はソウタくんに取り憑いているユキナちゃんを観察していた。
その視線が、ソウタくんにバレてしまったので一緒にランチに行くことになったわけだが……。
(でもねぇ~、アレは仕方ないよぉ)
ソウタくんが最初、昼を誘ってくれたとき。
私は、断ろうと思った。
ソウタくんの後ろにユキナちゃんが居るわけで、観察するには都合がいいが、私がユキナちゃんを視ることができるとバレる可能性も高い。
ソウタくんも、強くは誘ってこなかった。
よかった、と安堵していたら。
「ねぇねぇ、ソウタくん。赤羽さんとご飯行かないなら私たちと一緒にどうかな?」
「行こ行こ」
クラスメイトの女子がソウタくんを誘ってきた。
ちょっと強引に。
私は最初、それをぼーっと見てたのだけど。
(え?)
ソウタくんに取り憑いているユキナちゃんが、殺気を含んだ目でその女の子たちを睨んでいた。
(マズイマズイマズイ!)
明らかにユキナちゃんにとって、このままにしておくとよくない影響が出る!
最悪、悪霊になっちゃう!
「ソウタくん、行こう!」
私はソウタくんの手を取って、強引に引っ張った。
女子二人には……悪いことをしたかも。
しかし、今はユキナちゃんが第一優先だ!
こうして、ソウタくんとランチをすることになった。
◇
「じゃあ、今日はサンキュな」
ソウタくんに手を振って、私は教室と反対方向へ進んだ。
お手洗いに行くといってソウタくんと別れたが……あれは嘘だ。
私は、曲がり角を進みソウタくんから見えない位置に来たところで、壁に寄りかかった。
「はぁ……危なかった」
なんとかランチを無事に終えた。
食事中は大変だった。
なんせソウタくんと会話しつつ、ユキナちゃんが隣で
「うわー、私の話してるー」
「もうー、照れるなー」
「ソウちゃん、アカネちゃん、愛してるよ!」
とか言ってくるのだ。
反応しないようにするのに、必死だった。
でも、良かったこと。
間近でユキナちゃんの顔が見られた。
久しぶりのユキナちゃんだった。
話すことはできなかったけど……うれしかった。
それに悪霊にはなっていない。
ユキナちゃんは、楽しそうだった。
てゆーか、あんな明るい幽霊初めて視るんですけど……。
問題は『未練』が何なのか、まったくわからない……。
それは、引き続き調べないといけない。
「……そろそろ教室に戻らなきゃ」
私はつぶやき、寄りかかった壁から背中を離した。
「ねぇ、アカネちゃん」
名前を呼ばれた。
油断していた。
「なに?」
私は返事をしてしまった。
そして、悟る。
己の失敗を。
気付かないふりはできなかった。
振り向いた先には――ニコニコしたユキナちゃんが、浮かんでいた。