或るクリスマス・イヴの光景
或る都市、或る街、或る駅ほど近くの広場に佇む、『或るアイのカタチ』と名付けられたオブジェ。
そのオブジェは、或る価値観、或る傾向、或る性向を持った人たちに、好んで待ち合わせの目印に選ばれる。
そして今日は、多く人が待ち望んだり望まなかったりする、クリスマス・イヴ。
だからほら、今日はいつも以上に恋人たちが、このオブジェの周りに集まってきているようで――。
「ミーちゃん、お待たせー」
「いや、マジ待ったんだけど、何してたん?」
「やー、途中の“ブラント・インストルメント”で気になるもん見つけちゃってさー」
「ブラント……って、“どんき”か。分かりにくいっての!」
「でも解ってくれるからミーちゃん大好き」
「……お前なー、そういうの軽く言っちゃうとこがなー……、まあ、私も好きだぞー」
――あら^~。
「ちょ、ちょっと、いつもそんなこと言ってくんないじゃん。めちゃくちゃびっくりしたんですけど……。いや、嬉しいけど。嬉しいけど!」
「いや、今日くらいは、なんて……、ま、特別な」
「なんでー。いつも言ってー」
「うっせい。それより、その袋か? 何を買ってきたのさ?」
「これねー、サンタコス。……ふふっ、もうね、どこの“わかめ”だ、ってくらい、丈短いの」
――おいばかやめろ。
「……お前はその破廉恥コスを、どうしようと?」
「……ミーちゃん、着てくれない?」
「ない」
「えーっ」
――えーっ。
「……まあ、分かってましたけど。元々私がこれ着てミーちゃんを誘惑するつもりでしたから」
「えっ……ユキ、マジで着るの?」
「えっ? ……あ! 家の中でだよ!? 外じゃ着ないよ?!」
「ですわな。まあ、それなら……」
「というわけで、ミーちゃんはこっちね」
「……おい」
「トナカイね」
「……そう、分かった。でも、私の角はちょっと特別だよ?」
「特別?」
「そう、固くて少し反っていて、枝分かれが一つ根元の方にあって、しかもそれが……高速で振動するからね」
「それってただのバ――」
――下ネタかよ! 全く……周りが女の子ばかりとはいえ、うら若き乙女がこんな街中で……いいぞもっとやれ。
「ちなみに、冬に角が生えてるトナカイって基本、雌だけなんだって。知ってた?」
「ほんと?」
「らしいよ」
「へぇ」
「だから私に変な角が生えるのも仕方ないね」
「……それだったら私、ミーちゃんの指の方が良いんだけど」
「あ、問題はそこ?」
「そこ、私にとっては結構大事なことなの。っていうか、それは今は良いから。早く、まずは買い物、行こう?」
「いや、こういう話になったのはユキのせいだと思うんだけど。ま、ここで漫才しててもしょうがないから、とっとと行きますか」
――ふむ。楽しい夜になりそうで何より。お幸せに。
――さて……、他にめぼしいカップルは……。
――ん? 少しざわついてる? って、なるほど、あの子か。あえて分類するなら『ヅカ目オコトヤク科』といった容貌だから、男と間違えられたのか、単純に格好いいと騒がれているのか。当人の待ち人はまだのようだけど……、お、あの真っ直ぐ近づいてくる可愛らしい感じの子がその人かな?
「ごめん、待たせたかな?」
「ううん。私も今さっき着いたばかり」
「よかった。こんな寒い中に長く待たせら申し訳ないから」
「もう、ユウキはいつもそんな物言いだね。キザというか、芝居がかってるというか……」
「でもそれが私の素だから。そして、そんな私だから、あなたに憧れた」
「うん。流石にもう疑ってないよ」
「憧れの君と結ばれて、今日この日を迎えることができる。本当に私は幸せ者だ」
「うん、その……嬉しいけど、そういうのは人前だとちょっと恥ずかしいというか……」
「ああ、ごめん。それじゃ、まだ予約の時間までは少し余裕があるから、ゆっくり歩いていこうか。それではお手をどうぞ、王子様」
「もう……。はい、お姫様」
――可愛らしい雰囲気の子の方が言動が男前な件について。
――うん、やはり、人は見た目で判断してはいけないということだな。こういう意外性もまた、面白さの一つなのだけど。
――でもなんて言うか、当たり前のことだけど、性的マイノリティなんてカテゴライズされても、その中のみんながみんな似通ってるわけじゃない。人間っていうのは、ただ誰もがそれぞれにユニークで、見るべき部分を変えるだけで誰もがマジョリティで誰もがマイノリティなのだなぁ。
――そして、究極的には誰もが、ただ一人きりのマイノリティで。そんなただ一人とただ一人が出逢って、惹かれ合う。それはもう、奇跡だ。
――そんな奇跡に於いて、その相手が同性であることなんて、ほんのちょっとした誤差みたいなものだなぁ。
――しかし、こうして見回してみると、二人でいる子たちは、みんな良い笑顔をしているな。待っている子たちもみんな、どこか期待感を隠しきれない様子で……。おや? だけどあの子は少し様子が違うな……。決意に満ちた顔をしたかと思えば、不安そうな表情をしてみたり。何より、緊張感がヒリヒリ伝わってくる。一体どうして……?
――おっと。どうやらあの子の待ち人がやって来たようだ……。
「カナちゃん……えっと……、その……お待たせ」
「はい、あの……急な呼び出しで、ごめんなさい。なのに来てくれて、ありがとう、ミナミさん」
「いや、予定もなかったし、そんな、御礼を言われる事じゃ……。……それで、その……話って?」
「……うん、それは……。うん、ちょっと、待ってね、ごめん……。深呼吸……」
――何だ何だ? 目に涙まで浮かべて……。これからデートの恋人って雰囲気じゃないな。周りもそれに気付いて密かに注目してるぞ……。ここで別れ話とかだけはやめてくれよ……。
「それじゃ、改めまして。……ミナミさん、今日から、今日を、私と、恋人として過ごして下さい!」
――おお、まだ始まってすらいなかった二人だったのか! ……で、どうなのさ、ミナミさんとやら。呆けてないで、返事はよ。
「あ、その、ミナミさんフリーだって……、男に興味ないって……、だから、私なら、って……。でもその、迷惑なら、ハッキリ言ってもらっても。私は大丈夫なので!」
――ほら、すぐ返事しないから不安になっちゃったよ。それなのに、なんて健気な。
「……私はカナちゃんの事、初めて見た時から、かわいいな、って思ってて。ここの事、知ってるから、もしかしたらって、期待して。でも、そこまで来て、それは私の勝手な願望で、ホントはそんな事無いんじゃないかって、不安になって。だから今、嬉しすぎて訳分かんなくて、でも夢じゃないかって不安もあって、そのくせ、胸がいっぱいっていうの、こういうんだな、なんて思ってたりして。……ああ、だから! えっと、まだ頭の中めちゃくちゃだけど、だけどハッキリしてるのは、その、……よろしくお願いします」
――パチパチパチパチ――と、私が思うだけじゃない。周りの人達が実際にみんな拍手して、祝福してる。
――ああ、さっきはカテゴライズがどうのこうのと勝手な事を思ったけれど、こういう、苦悩も喜びも想像できる“同類”だからこそ、素直に祝福できるという面もあるのだなぁ。……まあ、今ここにいる子たちがみんな良い子なだけかも知れないけど、それならそれで、素敵な事だなぁ。
――って、今更周りの人たちに気付いて照れちゃってるよ。……二人とも、周りが見えないくらい不安で、真剣だったんだな。報われて良かったなぁ。
――私だったらここで調子に乗って「それ、キーッス!」なんて囃し立ててしまうところだけど、そういう無粋な子がいないのも良いなぁ。今ばかりは、直接口出しできない立場で良かったと思うよ。
或る都市、或る街、或る駅ほど近くの広場に佇む、『或るアイのカタチ』と名付けられたオブジェ。
二つのリボンが、複雑に、だけど決して触れ合う事無く、交差している。
その端どうしも、際どい所で、決して触れ合う事は無い。
――今、この時期は。
そう、金属で作られた二つのリボンは、燃え上がる恋のような真夏の太陽の下では、一つに結びつく。
その時に表面を辿れば、それは、捻れて繋がる、メビウスの輪。
リボンは女性のメタファで、メビウスは永遠の象徴。
そこに籠められたものはきっと、報われぬ想いと、希望。
そんなオブジェには自然と、共感する人たちの、ささやかな、だけど真摯な願いが、絶えることなく向け続けられて。
そのせいだろうか? いつしか、そこには――付喪神が宿っていた。
――ああ、曲がりなりにも神と名の付く私が、キリストさんの誕生を祝う謂われはないけれど。
――私が生まれた経緯のせいか、この日を特別に思う女性たちの幸せは、願わずにはいられない。
――だから。
――ハッピー、ユリスマス!
――今日この日、全ての愛し合う女性たちに、祝福あれ!