ともだち≒ツチノコ
ご飯を食べ始めます。
「生姜焼きうっま」
初めての食堂の食事に感動している卓磨の横で、筑井がとんかつを口に運びながら視線を流す。
「今もさ、意外そうにこっち見てる奴らいるじゃん?」
確かに、周囲の生徒がちらちらと、彼らのいるテーブルに視線をやっては逸らしている。
「親衛隊と親衛隊持ちと一般生徒が同席してるとか、この学園の常識から外れたもいいとこだからな。」
中村は肉じゃがを咀嚼してから頷く。
「しかもさ、こうやってなんか、普通の高校生みたいに話が出来てるのがさ」
俺はマジでカルチャーショック。と大盛飯をかきこむ筑井。
「俺とか咲田はたぶん至って普通の会話しかしてないけど、筑井とか徳永って、周りと普段どんな会話してんの?」
「俺は、大体親衛隊の奴が周りにいるから、なんかやたら俺のことを褒めてくる。あと、高級店に行って何食ったとか、そんな報告されてる。」
「…楽しいか、その会話。」
「んや?でも、それが普通と思ってた。」
「筑井のいうことはわかるわ。俺ら親衛対象の前だとよく見られたいから上品な方向に盛った話しかしてない。」
徳永がビーフシチューに小さくちぎったパンを浸しながらいう。
「んで、親衛隊のメンバーだけだと、親衛対象のスケジュール共有して、どうにか目撃できるようにスポット探したり。」
「…楽しいのか、それ」
「親衛隊入るくらいだからねー、アイドルのファンクラブに入ってるのと同じようなノリ。」
理解できねー、とひじきを噛みしめる中村。
咲田と卓磨は、互いの付け合わせを交換していた。
「ありがとねえ関野君。俺ニンジンのグラッセ苦手で」
「いいよ、おれニンジン好物だから。」
「…変わった好物だね」
「よく言われる。」
***
時間いっぱいまでくだらない話をしてから、教室に戻る途中。
「…俺、こんな風に食事して、だべって、って一生縁がないと思ってた。」
誘ってくれてありがとな、と筑井がいうと、徳永も続ける。
「俺も、まさか推しの話をしなくても間が持つような相手がいるなんて思わなかったわー」
「…親衛隊も親衛隊持ちも、なんか大変だな」
「俺らふっつーでよかったねえ」
中村と咲田が頷きあう。
「まじで?よかったー、おれほら来たばっかだしさあ」
誘っていいのかよくわかんなかったんだけど、と卓磨。
「せっかく友達になったんだからさ、ご飯くらい一緒に食べてもいいと思って」
「…ともだち」
「…ともだち」
「え、友達、じゃなかった…?」
思わぬ二人の反応に、素で驚く卓磨。
卓磨の中では、あれだけお喋りもして、なんなら既に一緒に写真まで撮っているのに友達じゃないなんて、友達の定義を見直す必要性が出てくる重大問題である。
「筑井はともかくなんで徳永までそんな反応なんだよ」
友達、と言われてなんとも言い難い反応をするふたりに、中村はついつい突っ込む。あ、もう中村はこのポジションで確定だな、と咲田は思った。
が、俺はともかくってなんだよぉ、と情けない顔をする筑井の横で、徳永はなんとも言い難い表情のまま、ぽつりと言った。
「…俺、初めてかもしれない。アイドルとか関係ない友達ができたの。」
男のくせに男のアイドルが好きで。ホモだオカマだと虐められた徳永。
中学からこの学園に入って、仲良くなれたのは親衛隊に入るような生徒ばかりで、一般生徒には遠巻きにされた。
筑井は男女ともにモテる所為で、恋慕・崇拝・嫉妬以外で近づく人などなかった。
咲田はそもそも被写体としての人間にしか興味を示さないし、この中では友人の多い中村でさえ、身の安全のために親衛隊や親衛対象になっている生徒には近づかなかった。
こんなにも、何もかもがばらばらなのに。
「…こんなにカンタンに友達になれるなんて」
今までの俺が不憫すぎて泣けると呟くと、筑井だけが同意した。
肉じゃが定食:家庭の味。
とんかつ定食:分厚いロース肉が好評。
ビーフシチューセット:パンのお替り自由。
ニンジン:卓磨の好物。特に好きなのはシリシリ。