第5話 『屋上』
俺たちが通っている高校は、基本的に屋上の立ち入りが禁止されていないし、常時鍵も開いている。身長の倍もある高いフェンスが張っているので、危険要素もあまりない。かといって用もないのに屋上へ登っていいかというとそれは別で、立ち入る場合には教師に許可を取るのが暗黙の了解となっていた。
けど俺はいちいちそんなものは取りに行かない。面倒だし、昼寝するだけだからやめとけと言われるのが目に見えてるし。
重い鉄戸を開けると、真頭上で照りつける太陽が露出している肌を焼いた。雲一つないノー天気。まるで俺の頭の中みたいだ。それに加え屋上は全面がコンクリートなので、熱が際限なく溜まるのである。熱いったらありゃしないが、この熱気がさらに眠気を誘っていい気持で寝られるんだよね。昼飯も食ったばっかりだし。
いつも通り、屋上へ続く戸の上へと登る。さすがに炎々と照りつける太陽の真下で大の字になって寝るほど俺は馬鹿じゃないので、給水塔の影を利用するのだ。場所によっては一日中ほとんど陽の当たらない場所もあるから、意外と涼しかったりする。
「あ、予想どーり。木原純也発見」
給水塔の傍へ行くため鉄戸の横の梯子を登っていると、戸の開く音とともに、ちょっとばかし間の抜けた女の子の声が俺に向かって投げられた。俺は梯子に足を掛けたまま、首だけを下に向けた。
セミロングの髪を二つに結えた女の子が一人、そこにいた。髪の色素が薄いのか、染めてもいないのに、陽の光で茶色く光って見える。……くらいの特徴しかないよなぁ、顔に関しては。って、俺は髪フェチか。
「うぃーっす、火口さんもお昼寝っすか?」
「あんたと一緒にしないでよ。それに寝るなら机で突っ伏すわ」
俺は梯子の中段辺りから飛び降りた。並んでみると、その女の子はけっこうな小柄である。小学校の集会なんかで、毎学年先頭で腰に手を当てていただろうと軽く想像ができるほど。いや待てよ、このまま小学生に紛れ込んでも、先頭とはいかずともかなり前の方をキープするかもしれない。そしてこの童顔。予言しよう、この女は二十歳になったら居酒屋かなんかで「子供はお酒を飲んじゃ駄目だよ」と言われるに違いない!
「なに脳内で一人奮闘してるのよ」
「心を読まれた!? まさかお前、読心術を心得てる仙人なんじゃ?」
「はぁ、何年の付き合いになると思ってるのよ」
それもそうだな。俺と火口は幼馴染なのだ。
家同士は特に近いわけでもないのに、お互いの母親が仲の良い親友らしく、小さな頃によく一緒に遊ばされていたもの。小学校は別々だったけど中学校で一緒になって、そしてなんと高校は偶然にも同じこの学校を受験していたのだ。なんという腐れ縁。つーか腐れ縁なんかで心の中読まれてたら、個人情報保護法も何もあったもんじゃないよな。
ふむ、幼馴染か。土屋も金本と日村と幼馴染だからこそ、日村を犯人に仕立て上げたのかもしれない。お互いに通じ合うものがあり、彼らの心情も大方理解できているために。人生で最も感受性の優れた時期である幼少期を、誰よりも多くの時間を一緒に過ごしてきたのだから。
……ちなみに、俺は面倒臭くて火口の心情なんか考えたこともないけどね。ははは。
「にしても純、先生の許可が必要なところに平然といたわね」
「お前に言われたかねーよ」
ちゃっかし同罪じゃねーかよ。
「ま、だからって教師にばれることはほとんどないぞ。屋上なんて、そうそう誰かが利用する場所じゃないしな」
「なんか常連っぽい言い方ね……。そんなに誰も来ないものなの?」
「来ない来ない。こんな場所、デメリット以外にはなんもねーよ」
あ、あれ……? 俺って今、自分を全面否定しちゃったか?
「ふーん。……ってことは、告白するには随分と好都合な場所ね」
何やら企み気味に小言を呟いているが、ぶっちゃけその通りだ。俺も否定しない。学内で告白するには絶好の場所だと思う。校舎裏って実際よく人が通るし、この学校には唯一誰も通らない裏の道があったりするけど、その近くには焼却炉があったりするもんだから、雰囲気的に……ねぇ。
対してこの屋上は誰も来ないことはもちろんのこと、大空の真下という開放感あふれた場所。さらに放課後ならば、グランドから聞こえる運動部の掛け声がまた、青春にプラスの雰囲気を追加して良い思い出になるんでない?
……はっ! まさかそういうことなのか!? このシチュエーション、この雰囲気! まさか火口さん、俺に告は……、
「ねーよ」
即答ありがとうございました。
ちくしょう。最初から絶対あり得ない話だとわかっていても、こうも即答されると何故かヘコむ。
「っていうか、俺がここにいるってよくわかったな」
屋上に行くなんて、土屋にしか言ってないはずなんだが。
「まあね。教室で寝てるのかと思って行ってみたけど、いなかったし。他に心地良く寝られそうなのはーって思いついたのがここ。ちょっと探し回っちゃったけどね」
「寝てること前提なんだな……」
誠に遺憾である。これでは俺が、三年寝太郎のお手本みたいじゃないか!
……いや、的は射てますよ?
「で、探し回ってまで何の用? ご予想通り、俺は次の授業が始まるまで寝たいんだけど」
「ん、実はちょっと相談したいことがあって……」
俺に相談、か。珍しい。俺の性格を一番に理解している火口だからこそ、これは相当意外な出来事だ。言っちゃ悪いが、ぶっちゃけマジで面倒だし。
「男子で親しいのって、あんたくらいしかいないのよ」
ふーん。それは言外に今の私には彼氏がいません、と言っているようなものだぜ。
あー、もしかしたら彼氏はいて、その彼氏についての相談かもしれないわけか。うわっ、これ以上考えるのがマジだりぃ!
「わかったよ。聞くだけ聞いてやるよ。ここじゃ暑いから、俺が寝ようと思ってた給水塔の横で話そうぜ。そこの梯子を登れよ」
「うん」
何気なく頷き、火口は梯子に手を掛ける。が、瞬時に俺の意図を汲み取ったのか、首だけを回して半眼で睨みつけてきた。
「それで、あんたはどうするのかしら?」
「何言ってんだ。俺も登らなきゃ話ができないだろ?」
「ふーん、へー、あたしより後に登るんだあ。それであんたは登る際にどこを見るつもりなのかしらね?」
「ですよねー」
さすがは幼馴染といったところか。俺の考えていることをこうも簡単に察するとはな。
っていうか、今さらパンツ見られるくらいで恥ずかしがんなよ。俺たち、何回一緒にお風呂入ったと思ってるんだよ。もちろん幼稚園時代の話だけどさ。
ってな小言を挟むと、また火口は唇尖らせて俺の恥ずかしい過去を嫌みたらしく再生してくるので、ここで止めておく。口は災いの元。だからお口にチャック。
給水塔でできた日陰に入り、コンクリートの上に座った。外部との温度差の為、かなり尻が冷たい。
「相談ってのは実は……恋バナみたいなことなんだけどさ」
うっわー、まさかの予想的中? そして俺の一番苦手なジャンルだ。自分の恋も実らないのに、どうして人の支援ができるかっつー話だよ。
「簡単に言っちゃえばあたし、好きな男の子がいるんだけど、その男の子にはすでに彼女がいるの。で、彼女がいるのに他の女の子から告白されたら、男の子ってどう思うのかなーって」
「え、お前、俺のこと好きだったの!?」
「あんたって彼女いたの?」
「……いないけどさ」
たぶん両想いの相手ならいるんだけどなー。恋人になるのはもう少し後かなー。だから今の発言は甚だ勘違いである。
おっと話が逸れた。
「それで男心ってのを知りたくて」
そういうものは彼女のいる男に相談しなさい、と今更言えるわけがない。
「要は嫌われたくないってこと?」
「うー、そういうことになっちゃうかな」
それに加え、俺は今の彼女がすっごく好きなんじゃーい、と言われて自分が傷つくのが嫌なんだろうな。告白して自分に振り向いてくれる可能性がなくなってしまえば、落ち込むのもやむなし。俺の発言が、もし今後の火口の人生を変えることになったなら、責任重大である。
よし、ここは木原流無難回避術を駆使しようではないか!
「場合によるんじゃねーの?」と、まずは一言。
「付き合いたい気持ちが薄いんだったら、遠くからそいつをずっと眺め続けるのも一興だし。もし告白の決心があるなら、最初からダメ元で行くのも悪くないし。問題は後悔だよな。後になって後悔しない方……というよりは後悔の少ない方を選ぶだけだ。その選択肢だけは誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分で決めろよ。お前の好きなようにやれよ」
どうだ! 素晴らしい助言を述べているように聞こえるが、実は内容的には『俺には答えかねる相談だからパス』と言っているだけ! あー、疲れた。今年に入ってから、一番長いセリフだったかもしれない。
さて、その反応は……。
「そうだよね……」
お、意外に脈あり?
「自分の恋は自分で決めるものよね。誰かに相談して答えを提示してもらう問題じゃないものね」
しっかりとバレテマシター。やっぱり上っ面だけの言葉ってのは、すぐに見破られるものなんだな。みなさん自分の言葉には気をつけましょう。心にも思っていないことを言うと、後あと墓穴掘りますぜ。
「相談乗ってくれてありがとね。あたしもう行くわ」
「……お、おう」
ありがとうなんてもったいない御言葉。そんな物もらったら、ホワイトデー以上の三倍返しをしなければ……、まさかそれが狙いか!?
内心でボケてみせるが、突っ込み役はすでに梯子の下へと降り、俺がいる位置からは見えなくなっていた。
「授業、遅れるなよー」
そして声だけが聞こえ、続いて鉄戸が開閉される音。ったく、どいつからも信用されてないなあ、俺って。そんなに怠け者に見えるってか。はっはっは。
ともかく、火口に関しては心配することもなかろう。どちらを選ぶにしろ、あいつの性格なら後に尾を引くタイプではないし。気持ちの入れ替えやら物事に見切りを付けるのは早かったもんなー、昔から。
「さて」
午後の授業が始まる一時まで、後十五分はある。最低でも十分は眠れるな。携帯のアラームを設定し、おやすみおやすみ。ZZZ……。
***
「ウソ……だろ……?」
遠くで鴉が鳴き、気温もぐっと下がり、西の空は綺麗な茜色に染まって、見事な日没を演出していた。




