第4話 『推理』
「犯人は日村秋月」
抑揚のない声が耳に届き、俺はふと目を覚ました。
ってかここどこだっけ? 授業をするには異様に狭い教室で、机は部屋の中央でまるで会議をするかのように寄せ集められている。とはいっても、現在は俺とさっき言葉を吐いた女子生徒の二人きりしかいないんだけど。
両サイドの壁際には天井まで届くほどの棚が設備されており、その中には裁縫道具やらヌイグルミやらミシンやらが雑然と並べられていた。ただでさえ物置並みに狭い部屋だっていうのに、無駄にでかい棚や机を置くもんだから、歩く隙間などはほとんどない。椅子を引いた時、何度後ろの棚にぶつけたことか。
あーっと、思い出した。ここは手芸部の部室だったな。勘違いしないでほしいが、俺が手芸部の部員ってわけじゃないぞ。俺は立派な帰宅部だ。えっへん。
だからといって誰もいない部室に、二人で押し込み強盗しているわけではない。何を隠そう俺と向かい合って弁当を食っているこの女子生徒こそ、手芸部の部員なのだ。別に隠してないけど。
目の前の女子生徒は行儀悪くも机に教科書と弁当を並べ、仏頂面でそれらを眺めたり、箸を口へ運んでいたりしていた。
誰もいない所でお昼にしましょうと誘われた結果、この部室で昼食を摂ることになって、これは何かあることを期待せざるを得ないと意気揚々とついてきたわけだが、何のことはない普通に向かい合って弁当を食べるだけであった。いやいやいや下心とかそんな問題じゃなくて、普通は期待するでしょ? 年頃の高校生だったら普通にそういう想像するでしょ? するでしょ!?
「あー……、ごめん。聞いてなかった」
「食べながら寝るとか、よくそんな器用なことができるわね」
「予習しながら弁当食べてるお前に言われたくない」
自分を棚に上げて、ってやつだな。しかしお互い同じようなことをしているはずなのに、相手は眼鏡越しの鋭い目つきで睨んでくるので、ちょっとばかし恐縮です。指摘されたことで、プライドを傷付けちゃったかな。
そして彼女は教科書を閉じて眼鏡の位置を戻しながら、もう一度同じ内容を、しかし今度はできの悪い教え子に優しく教えるように一から十まで言ってくれた。
「今回起こった事件、金本浩介を殺した犯人は、間違いなく日村秋月」
事件? 殺した? 犯人? 日常会話にしてはやけに物騒な言葉が出てきたな。昨夜推理物のドラマでもやっていたのかな? それとも旬の推理小説の内容なのか? ならばここで本を勧めてもらうことで彼女との関係がより一層深くなればいいなあとは思いつつ、面倒臭がり屋の俺としては小説なんて目次だけでもお腹一杯になってしまうので、できれば勘弁してほしいなあとも思うわけで……。
だー、ごめんごめん! 忘れてただけだって! ちょっとぼんやりしてただけだって! だからそんな眼で俺を見つめないで! そんな軽蔑するような眼で睨まないで!
昨日の早朝。運動部の部室棟付近で死体が発見された。発見したのは用務員のおじさん。週に一度、校庭のゴミ拾いをする際に見つけたらしい。そのゴミ拾いが昨日だったのは幸か不幸か。ま、死体が生徒の眼に触れなかっただけでも良しとしておこう。
その後はもちろん警察に通報され、朝一番の生徒が登校した時には、すでに『立ち入り禁止』のテープが張り巡らされていたそうだ。
昨日は朝っぱらから緊急に全校集会が開かれ、校庭で死体が発見されたことを簡単に説明された。そしてその日の授業は無くなり、なるべく一人で帰らないように、また陽が落ちたら絶対に外へ出歩かないようにと注意を促され、帰宅する羽目となったのだ。
というわけで日をまたいだ今日は普通に授業があり、こうして俺は彼女――土屋明美と昼食を共にしているのである。
「一つだけ訂正。私はあんたの彼女じゃない」
「いやいや、これは三人称を意味する彼女ですぜ」
すると土屋はすぐに眼で訴えてくる。何を言いたいかは手に取るようにわかるので、曖昧に笑っておくことにしておいた。箸を口に突っ込んだまま、憮然とするその表情がまた可愛い。
「それで、えーっと……被害者は確か隣のクラスの金本浩介って奴だったっけ? それは今朝のHRで担任から聞いたな」
名前は聞いたことあるけど、顔が一致するとは限らない。所詮は隣のクラスだ。
「それで犯人は……うえぇ! 犯人!?」
「反応遅すぎ」
「そりゃ金本が死んだのは事故でも自殺でもなくて殺人だってのも聞いたけど、犯人なんて聞いてねーぞ!」
「周知だったらすでに捕まってるでしょ」
相変わらず訳のわからないことを言う女である。
警察が明らかに殺人事件だと断定したために、昨日は休校となったのだ。殺人鬼がまだ近くに潜んでいることを懸念して。事故や自殺ならそうならなかっただろう。
だけどこの女はなんと言った? 犯人は間違いなく、えーっと……日村秋月? そう断言した。警察もまだ突き止めていない犯人を断定した。
「日村秋月……」
この名前は知っている。俺らの学年では非常に有名人だ。
成績は常にトップクラス。運動神経抜群で、多数の運動部から今もしつこく勧誘を受けているらしい。加えて顔も悪くないどころか、テレビの中で笑えばそれなりのファンがつくほどの好青年。さらに近況では、我が校のマドンナ、水野華憐と付き合いだしたという噂も流れているではないか。このステータスで、この学校にいて日村秋月のことを知らない奴は、どんなモグリだよ(笑)。
「そんなスターを犯人扱いするわけだから、何か根拠はあるんだろうな?」
「もちろん」
そりゃそうか。
土屋は不確定を嫌う。曖昧さを嫌悪する。確かな自信がなければ、答えを言わないことくらい良く知っている。だから成績が一定以上に上昇することはないんだよな。
例えばテストで記号問題が出れば、答えがわからなければ適当に選択するだろう。誰だってそうするはずだ。低確率でも、正解する確率は存在するのだから。しかし土屋は、答えがわからなければ記号問題ですら白紙で提出する。つまり当てずっぽうなことはしないってことだ。馬鹿っつーか、プライドが高いっつーか、なんつーか。
「余計なことは言わなくてよろしい」
「ごめんなさい」
だから土屋が口にするということは、ほぼ犯人を確信しているに違いない。そして警察ですら知らない証拠を掴んでいる可能性だってある。
「まず犯人は単独の可能性が高く、突発的に起こった事件と考えられるわ」
「どうして?」
「まず単独か複数人かの話だけど、これは現場の足跡で判断できる。一番新しい足跡はたったの三つ。死体を発見した用務員さんのもの、被害者である金本のもの、そして犯人のものと思われる足跡が一種類、現場に残されていたわ。加えてグラウンドにも不思議な足跡が残されていた。その内の二種類、金本と犯人の足跡が一直線にグラウンドを横断していたの。まるで追いかけっこをするかのように、ほぼ重なってね。万が一犯人が複数人いたとしたら、同じような足跡がもっと数多く残ってるはずでしょ?」
「待った待った待った。おかしいおかしい、前提からおかしい。なんでお前は現場の足跡なんて情報を持ってるんだよ」
「あら、言わなかったかしら? 私の父が警察の人間なのよ」
聞けば、土屋の父親は警察の中でもけっこうなお偉いさんらしい。そして自ら名乗りを上げ、この事件の責任者となったのだ。
名乗りを上げた理由は一つ。土屋の父親は、金本のことを昔からよく知っていたからだ。
金本浩介、日村秋月、そして目の前の女子生徒、土屋明美の三人は、小さい頃から付き合いのある幼馴染なのだ。家が近いということもあって、お互いの親は各子供ともよく遊んでいたらしい。それで今回、近所の子供の金本が殺された。犯人を突き止められる立場にある土屋の父親は、名乗りを上げられずにはいられなかったのだ。
「ふーん、なるほどね。足跡が残ってるだけでも、犯人の身長や性別くらいわかるらしいからな。足跡の数からしても単独の犯行って理解できたけど……。んで、日村秋月を犯人と断定する他の根拠は?」
「無いわ」
咀嚼していた米粒を思わず吐き出してしまった。必殺『米米スパーク』。効果『相手にとても不快な気分を与える』。
あっれー、おかしいな。土屋への評価が総崩れだよ。ったく、説明文を修正しなきゃならなくなったじゃないか。土屋の性格を描写したのは何ページ前だったっけ……。
「何言ってんのよ、妖怪米吐きじじい」
鬼気とした表情で、顔に付いた米粒をハンカチで丁寧に拭き取る土屋。いや、ま、本当にすみませんでした。
「お前が根拠もないのに、幼馴染を犯人と断定するからだよ」
「そうね。私も金本が殺されて、少し動揺しているのかもしれないわ。日村の靴を調べたわけでもないのにね。普段だったらこんな不確定なこと、他人に話すわけないもの」
少し、ね。落ち込んでいるようには見えど、悲しんでいるかどうかはわからない。最近は金本とも疎遠になってたって聞いたし。
「それで日村を犯人というのは、私の想像から導いた結論なんだけど。……聞いてくれる?」
「もちろん」
断る理由がないよ。
土屋は小さく「ありがと」と呟いてから言葉を紡いだ。
「凶器は金属バット。確認したところ、野球部が片づけ忘れたやつらしいわ。それで頭を何度も何度も殴りつけた。でも不思議なことに、被害者である金本も、果物ナイフなんて凶器っぽい物を持って殺害されていたのよ。握り方、死後硬直の具合から、事切れる前から手にしていたことが推測されたわ。殺された後に犯人に握らされたわけじゃない。そこでよく考えてみて。果物ナイフと金属バット。学校の校庭に落ちていても不思議じゃない方は?」
「金属バット……だろうな。実際に野球部のものだって確認は取れたんだろ? それに果物ナイフがそこらに落ちているほど、この学校は荒れてないぜ」
「そういうことね」
なるほど。犯人は目の前に落ちていた金属バットを拾って、金本を殺害した。しかし金本のナイフは学校に落ちていた可能性が低い。となれば、殺される前に購入していたか、もしくは家から所持してきたのか。
はっはーん、なるほどなるほど。そういうことか。ふむふむ。あぁ、考えるのは面倒臭いので続きをお願いします。
「そこで私は想像するわけよ。最初は金本が犯人を殺すはずだった。だけど運悪く犯人がバットを拾ってしまい、返り討ちにあった」
「そんな突拍子な……」
「本当に突拍子な話だと思う?」
どうなんだろうな。正直、弁当を食い終わって間もないということもあり、眠たくなってきた。あー、やべー、頭が働かねー。視界がやけに白く濁ってきて、妖精さんが大量の安らぎを運んできちまってるよ。
寝たら怒るだろうなぁ。ただ土屋も俺の性格はおおむね理解してくれてると思うから、話し半分に聞いておこう。こんな不甲斐ない男で申し訳ありません。
「そしてここで死亡推定時刻が必要となるわ。殺害されたのは深夜十一時から二時の間。ただし近所の住民が、十二時過ぎあたりに学校の方から奇妙な音か声を何度か聞いたらしいから、その時間でほぼ間違いないと思う。そんな真夜中、金本と犯人は学校で何をしていたのか」
何してたんでしょうかねー。逢引? 密会? 決闘? 年頃の男の子ってのは、いろいろな秘密を持っているものさ。
「そこで私は事件の一連を、すべて想像で推測してみたわ。まず金本が深夜十二時くらいに犯人を学校へ呼び出した。ナイフを所持していたことから、脅すかもしくは最悪殺すために。金本の殺意を見抜けなかった犯人は、のこのこと素直に呼び出しに応じる。そこで話し合いがあったかどうかは不明だけど、交渉は決裂。金本が犯人に襲いかかる。しかし犯人は逃走し、金本も追いかける。この時に、グラウンドを横断する足跡が付いたわけね。その後は……もうわかるわよね? 校舎付近から部室棟まで走った犯人は、偶然にも金属バットを拾い、金本を殴りつけた。金本は抵抗する暇もなく、犯人に殺害されてしまった」
「ふーむ……」
考え込む振りをして、実は思考停止しています。
いや、話しは聞いているさ。だけど土屋の声が妙な安心感を与えてくれて、どうも眠たくなっちゃうんだよ。俺の春眠は、いつまでたっても暁を覚えないのさ。だから悪いけど、話の内容はほとんど右耳から左耳へ素通りです!
……はは、こんな語り部もそうそういまい。
「でもその想像じゃ、日村秋月が犯人って結論には至らないんじゃないか?」
なんか投げやりな質問になってしまったな。めんご。
「重要なのは死亡推定時刻よ。あなた、親しい友達から今夜十二時に学校に来いって言われたら行く?」
「いんや、行かねーな。面倒だし、用があるならその時間帯じゃなくてもいいし、話があるなら電話でもいいしね」
「じゃあ親や先生だったら?」
「それはもっとありえねー。高校生に深夜徘徊させるなって逆に説教してやるよ」
「じゃあ私だったら?」
「…………」
ぐ、ぐわわわああああぁぁぁ。なにこれ、試されてるのか? そういうことなのか? それは期待してもいいってことなのか? 土屋に深夜の学校で一人で待ってるって言われたら、そんなことお願いされたら……。
「……行く。たぶん行く」
目がドーバー海峡辺りを泳ぎに行ってしまった。なんつーか、ハズカシィー。土屋が得意げに微笑んでいるのも俺の羞恥心をくすぐるぜ。
「そういうこと。呼び出す人によっては、あんな深夜の時間帯でも無条件に赴いてしまうってこと。金本の場合、私の知る限りではその相手は一人しかいない。それが幼馴染かつ無二の親友である日村なのよ」
片方が困っていたら、自分に不利益が被られようと無条件に手を差し伸べる程の親友、か。まるでメロスとセリヌンティウスだ。そういう小説もあるように、場合によっちゃわからなくもないが……。
「筋は通っているけど、名探偵の推理にしちゃ穴だらけなんじゃねーの?」
「だって私は探偵でも警察でもないし。もちろん当事者でもないのよ。それに新事実を発見できるような立場でもない。それでどう正しい回答を導けっていうのよ」
あ、ちょっと機嫌を損ねたな。口を尖らせ、拗ねたその表情もまた可愛いので許す。
「んで、その推理……想像は警察には報告するつもり?」
「しないわ。したってどうせ一応取り調べを受けて、容疑者リストの一人として数えられるだけ。物的証拠がなければ、警察は強引な手段に出られないもの。靴だって処分されてたらそれでおしまいだしね。それに――」
言葉を切り、少しの間、思案顔になってから言葉を紡いだ。
「仮に日村が犯人だったとしても、私は自首を勧めると思う」
自首ねえ。それはあまりにも無謀すぎやしないか?
日村本人にその気があるのなら、土屋が頑張る必要はないし、ないならないで非常に困難だ。完璧な確信がなければ、面と向かって自首を勧めるのは土屋のプライドが許さないだろう。それに土屋が決定的な証拠を掴んだ時には、すでに日村は警察に逮捕されている可能性が高い。よって自首を勧める機会は訪れないかもしれない。
「土屋さ、もしかして昔、日村のこと好きだった?」
「いいえ、全然。むしろ嫌いだった……いえ、あまり好意的にはなれなかったと言い換えておきましょう」
「じゃあ金本は?」
「……」
お、図星っぽい。いやー、わかりやすいねえ。嘘のつけない性格だってのは前から知ってたけど、素直に肯定しないのはやっぱ根強いプライドのせいかな。
「昔のことよ。だって今は……」
じっとこちらを見つめる土屋。俺も彼女のことを見つめ返す。
生まれたものは沈黙だった。言葉がなくても伝わるものって絶対あるよね。
……ったく、素直じゃないんだから。
「まだ午後の授業まで時間あるし、屋上で昼寝してくるよ」
雰囲気に居たたまれなくなったわけじゃない。ただなんつーか、少しばかり土屋から離れなければならない気がした。なぜなら、このままだと恋人同士でもないのにバカップルという生活習慣病にかかってしまいそうだったからね!
「寝過して授業に遅れないようにしなさいよ」
わかってるって。信用されてないなあ、俺。と思いつつ、手芸部部室を後にして屋上へと向かった。
おっと、面倒臭くて名乗るの忘れてたけど、俺の名前は木原純也ね。よろしく。




