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第21話 『対話』

 夕暮れに染まる廊下で、乾いた足音が響いた。窓から差す茜色の光が、闇色を求める僕の虹彩を刺激する。


 通り過ぎる教室は、一瞥しただけで誰も残っていないことが窺える。当然だ。もうすぐ最終下校時刻を迎える時間であるため、無意味に校内に残っているところを教師に見つかっては、注意されるのは避けられない。この時間に学内にいる生徒は、夏の大会を控えた運動部くらいだろう。


 誰ともすれ違わないまま、誰の目にも触れることがないまま、延々と続く廊下の端へとぶち当たった。ただしここが目的の場所ではない。僕はわずかに顎を上げ、数段上にある扉を睨みつけた。


 普段通りの足取りで、一段目を踏む。


『代われ代われ! 俺に代わるんだ! 身体の占有権を俺に渡せ!』


 五月蝿いぞ、さっきから。

 時刻が六時に近づくにつれ、もう一人の僕が喚く声も多く大きくなっていった。要求は聞いた通り。どうやら僕との人格を交代したいらしい。代わったところで何をするのやら。


『決まってんだろ。俺を呼び出した奴を殺すんだよ! 俺がせっかく披露してやった殺人ショーを、まるで無かったことにしようとしやがって。ムカつくんだよ! あー、ムカつくムカつく! ぶっ殺してやりてぇ!!』


 というわけだ。まったく、幼稚と言う他ないね。ま、僕から怒りと恐怖を引き剥がしただけの存在だから、考え方が単純なのは仕方がないか。こいつの存在のおかげで、僕が平静を保っていられるのも事実だし。


 頭の中が、ドンドンと鉄戸を叩くように揺さぶられるが、あいつと人格が交代する気配はまだなかった。それについては、結構慣れたと言っていい。あいつが表に出る条件も、大体把握できた。


 主に僕が怒りか恐怖で少しでもストレスを感じた時、さらにあいつが外に出たいという訴えが運悪くバッティングしてしまうと、簡単に人格交代をしてしまうようだ。もちろん一概にそうとは断言できはしないが、短期間ではよく発見できた方だと思う。


 現状ではあいつは五月蝿いほど出たがっているが、僕の方の意識が冷静そのものの為、交代することはない。まるで内と外、両方に鍵の付いた扉が脳内にあるようなものだ。僕が間違って外から鍵を開けなければ、あいつは出てこれない。


 しかし妙なものだ。僕が受けるストレスがあいつの力を増強させる唯一の方法なのに、今のあいつはまるで無限増殖を繰り返す微生物のように肥大していっている。僕にストレスを与える要因が思いつかないにも関わらず、だ。


 木原純也のような奴と話して、イラついているわけではない。心の空白を実感して、それに恐怖しているわけでもない。今の僕は、そんな小さな空白も気にならないくらい、心が虚無の底へと堕ちてしまったからね。


 なのにお前は未だ増殖を繰り返す。何故だろうね?


『んなこと知るか! てめぇがイラついてなくても、俺がムカついてるんだよ! 土屋の死体を隠されて、怒り心頭になってるのは俺の心だ!』


 俺の心? これは驚いた。お前は僕そのもの、もしくは僕の一部だと思っていたけれど、いつの間に新しい心を形成していたのか。

 いや、そうなると、じゃあ君は一体誰なんだ?


『うっせ! 俺は俺だ! 憤怒の化身だ! てめぇの身体を乗っ取る者だよ!』


 あはは、なるほど、納得がいった。


 僕に取り憑いたのは強欲の悪魔で、お前を形成するのは憤怒の化身か。

 一つの身体に二つの罪を帯びるのは、あまりにも負担が大きすぎる。だから無意識のうちに君の心は別のところで形成し直され、安定を保とうとしたんだろうね。だけどそれももう無意味なことさ。なぜなら――、


『出せ! 殺してやる! お前も俺を呼び出した奴も、みんな殺してやる。×××××!』


 おっと、お前もあの意味不明な言語を使い始めたか。それはつまり、現在進行中で僕とこいつの心を完全に別離させるための作業中なのだろう。同じ脳内で話していたはずなのに、唐突に意味が通じなくなったのがその証拠だ。


 そしてあと二、三段で、屋上へと続く扉である。

 さぁ、もうすぐだ。もう少しで真相が明らかになる!

 終わったはずの物語の、本当の終焉。

 この結果がどうなろうとも、もうあの日常は戻ってこない。

 僕が一番欲しかったあの日々は還ってこない。

 何でこうなっちゃったんだろうな。何が原因だったんだろうな。

 なぁ、金本、土屋。

 お前らは僕を恨んでいるか? もしかしたら許してくれているのか?

 はは、自分で殺した相手に許しを乞おうなんて、なんて愚かな人間なんだろうね、僕は。この上なく人間失格、人格破綻者だよ。


 悪魔のせいだったといえば、もう一人の僕がやったといえれば、どんなに楽だろうか。でも違う。金本、土屋、お前たちは僕が殺した。間違いなく僕がこの手で命を絶たせた。


 だから許してくれなくてもいい。恨んでくれてもいい。

 僕は自分の罪を認めよう。それ相応の罰を受けよう!

 そしてお前も同罪だ。どんなに喚こうが、道連れなんだよ、もう一人の僕。


『うる××ぇ! 代われっつっ××だろ! 誰が×××××受けるか、ボケ!』


 君という奴は本当に……。


 まあいい。これで終わる。いや、終わりにしよう。どこの誰かは知らないが、この扉の向こうにあるオマケを楽しんだ後、僕はすべての罪を清算しよう。


 決心はついている。というよりも、僕に選択肢などもう残ってないのかもしれないな。


 すべてを手放してしまった両手には、もう金本と土屋の魂しか残っていない。どんな物質よりも重いそれらを抱えたまま、僕は屋上へと続く扉に手を掛けた。

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