第20話 『不眠』
「はぁ……はぁ……」
目が覚めてしまった。いいえ、意識なら布団に入った時からつながっている。つまり一睡もすることができず、とうとう耐えられなくなって身体を起こしたのだ。
下腹部から鳴る音と、それに伴う空腹感で。
のそのそと布団から這い上がり、足が勝手に台所へと向かう。まだ窓の外は暗く、街灯の光が窓を介してぼんやりと差し込んでいる。
今、何時なのかな。ずっと空腹を耐えたまま布団に潜っていたため、時間の感覚が戻らない。辛い時って時間の進みが遅くなるものだから、もしかしたらまだ丑の刻参りができる時間帯なのかもしれない。
台所の電気は点けず、代わりにテレビを光源として食べ物を漁り始める。夕飯の残り物は温めるのが面倒なので、買い置きの菓子パンを手にして椅子に座った。あーあ、これも明日の朝食のために買っておいたのにな。
「四時か……」
正確には四時十五分。テレビの中のキャスターが、先日の事件や天気予報を述べている右上を確認して呟いた。
周囲の暗闇によって、いつもより一層刺激が強くなったテレビを凝視しながら、あたしはがむしゃらに菓子パンをかじり続けた。それでも一向にお腹が満たされる気配がない。満腹を感じられない。
求めている。お腹の中に棲む何かが、本物の愛を要求している。
「ふふ……」
何故笑ってしまったのだろう。
自分の犯した罪が、あまりにも重かったから?
今日出した手紙の内容が、あまりにも簡素で滑稽だったから?
自分の行動の無意味さを自覚して自嘲したから?
あたしの愛は、遠く遠く。誰にも見えないほどに高い所へ。
嗚呼。愛の欠けたあたしという人形は、飢えを凌ぐために罪を犯した。
だけどまだ足りない。愛がなければ飢えるばかり。愛こそ生けるための糧。
欲しい。愛が欲しい。この空腹を満足させるくらいの愛を。
どうしてここまで空腹感を抱いているのか。きっかけは、わかりきっている。
日村君の悪魔との同調により、あたしの中の悪魔を繋ぎとめていた鎖が断ち切られたからだ。
あたしの悪魔は愛を求め、罪を犯し、罪を愛の代用にしようとした。
けど違う。それは偽物。偽物なんかで満腹になるはずもない。
だから気分が良くないのだ。偽物の愛は早々に胃から滑り落ち、悪玉菌として腸を痛めつけているのだから。
ついに手元の菓子パンが無くなった。満たされないお腹が別の物を探しに行こうと足を動かすが、理性でその欲望を抑えつけた。
辛い。椅子の上で両膝を抱えるようにして座り、額を押しつける。
あんなパンであたしのお腹が満たされないことは、もう知っている。食べ物でこのお腹の音が鳴りやまないことくらい、もうわかっている。
あたしのお腹を満足させてくれるものは、もう日村君の愛しかないのだ。そんなことはずっと前からわかっていたこと。なのにあたしったら、今まで勇気がなくて日村君にアプローチできなかったり、決心がついても他の人に邪魔されたり。あれは本当に運が悪かったなぁ。
あたし、病気なのかな。恋の病って言えばちょっと照れ臭いけど、でもそれでお腹が空くのはなんか違う気がする。あぁ、病気って思えば同じことか。日村君を手に入れればお腹の音が鳴りやむってわかってるんだから、日村君はあたしの病気に対する薬みたいなものよ。そう考えれば、恋も空腹も似たようなものよね。
こんな馬鹿なことを考えていても、
「オナカスイタナァ」
空腹感はひどくなる一方。このままじゃだめだ。このままだと、本当の意味で餓死してしまうかもしれない。
その危機感があたしを動かせた。テレビを消し、忍び足で、かつ迅速に自分の部屋へと戻る。机の中から、この前の手紙と同じ用紙を取り出した。
『本日六時に、屋上で待っています』
殴り書き、丁寧に折りたたむ。この手紙を日村君の下駄箱に入れれば、もう後戻りはできない。いや、戻りたくない!
明日、いえ、日付で言ったらもう今日よね。今日の夕方、あたしは決着をつける。あたしの優柔不断な心と決別の時だ。日村君に告白して、本当の愛を手に入れてやる!
そしてだんだんとお腹から漏れる音が小さくなり始め、あれ? 眠気が、急に――。




