第18話 『捜索』
「犯人は誰なんだろうな?」
一昨日の放課後に土屋を殺し、昨日の時点ではもう死体は跡形も残っていなかった。そしてそれから二十四時間が経過した今日、死体の捜索を始めたいのだが、いささか遅かったかもしれない。死体を処理する時間を大いに与えてしまったのは、ちょっとしたミスだ。あの手紙の筆跡照合なんてやめときゃよかった。結局、あれからは何の手がかりも得られなかったし。
旧校舎の一階、土屋を殺した現場に立つ。
今さら死体を探したところで、見つかる可能性は限りなく低いと思う。昨日の時点ですでに、死体は完璧に隠ぺいされていたのだ。それに『自首するべからず』というメモを残すあたり、簡単に見つかる場所へは隠していないだろう。
では、誰が死体を隠ぺいした犯人……もとい探偵なのか。
何故僕に自首はするなとメッセージを送った?
僕が警察に捕まってしまうと損する人間?
土屋が死んだことを周知にされると被害を受ける人間?
警察が金本以外の捜査をするとマズイ人間?
土屋が行方不明と扱われて得する人間?
……まったく見当もつかない。僕を庇う理由のある人間なんて存在するのか?
親友は死んでしまった。金本も土屋も、僕が殺した。
じゃあ他の友人? 手紙で僕を諭す意味がわからない。それに共犯になってまで、僕を庇う友人などいないと断言しよう。交友関係はそれなりに広げたつもりではあるけど、やはりどいつもこいつも上っ面の付き合いしかしてなかったからね。
水野? ……庇う理由はともかく、これも手紙である意味がない。
じゃあ誰なんだ。生徒でなければ教師……有り得ない。
残りの人間で、僕が殺人を犯して快く隠匿しようとする人物は、伯父と伯母くらいなもの。しかしこれも現場が学内であるため、現実では実行不可能な推測だ。
うーん。そうなると、僕の知らない第三者……か?
「あ、日村君」
「……」
壁に寄り掛かって黙々と思考を続けていると、鈴の鳴るようなソプラノ調の声が僕の名前を呼んだ。
しまったな。旧校舎の二階には、手芸部の部室もあるんだったっけ。あー、できれば今は会いたくなかったんだけど、さすがに面と向かって呼ばれているのに無視できるほどの度胸は僕にはない。しかも現在付き合っている関係にある女の子だし。
目の前にいる絶世の美人に焦点を向けながら、僕は曖昧に返事をした。
「ここにいるってことは、今日は部活なの?」
訊くと水野はふるふると首を横に振った。まるで何かに怯えるように、両肩を抱き寄せている。
「部活動自体は毎日あるけど、参加は自由だからほとんどないものと同じなの。今日はたまたま足を運んだだけ」
「そう」
それは運が悪かった。水野が帰宅するのをしっかり見送ってからここへ来れば、今会うことはなかったものを。終礼直後に水野の顔も見ないほど急いでいたのが災いしたな。
「ねえ、日村君」
視線を泳がせながら、水野が呼びかける。
「手芸部の部室まで来てくれない? 誰もいないから」
「?」
しめた。部室内を捜索できるチャンスだ。
しかし何故誰もいないのだ? いや、部活は自由参加だと言っていたから、部員が誰も来ていなくてもおかしくはないか。
手芸部部室はとても狭かった。どうやら本来倉庫であったスペースに、無理矢理机を並べただけの造りのようだ。この部屋に五人も入れば、相当な人口密度で圧迫に苦しむことになるだろう。
ここに死体を隠すのは……有り得ないな。
棚にはすべて裁縫用具が収納されており、人どころか小型犬がぎりぎり収まるくらいのスペースしか存在しない。さらに掃除用具入れもなければ、入口と窓以外には隣の教室に繋がる扉さえない。すべての家具を運び出したとしても、たぶんそんなに広さが変わることはないだろうと思われる狭さ。
最後に机の下には……いたら怖い。間違いなく悲鳴を上げると思う。
「日村君って、明美と仲良いんだよね?」
僕の対面に座った水野の口から出された名前は、昨日この手で生命を断たせた人物であり、かつ僕が一番出会いたい人物でもあった。
「昔ね。家が近くて、よく僕と土屋と、あと金本の三人で一緒に遊んでいたんだ。でも今はかなり疎遠になってるね。この前のお通夜の時に見ただろうけど、顔を合わせれば挨拶する程度の仲だよ」
「そう。……じゃあさ、明美の携帯の番号って知ってる?」
「それはもちろん知ってるさ」
なるほどね。こいつの言いたいことが大体わかってきた。要は、土屋が二日も無断欠席し、そして音信不通になっていることを不審がっているのだろう。そして僕が土屋と顔見知りだったことを思い出し、尋ねてきたわけか。
「それがね、一昨日あたりから、明美と連絡が取れないの。学校も休んでるし、ちょっと心配で……」
「ふーん」
心配することないよ。奴はもう死んでるんだから。
「そりゃ土屋だって学校休むことくらいするでしょ。それに、誰とも話したくない時もあるかもしれない。そんなに心配することないって」
「そ、そうなのかな? 明美と付き合いの長い日村君がそう言うのなら、大丈夫に思えてきた。……でも日村君は明美のこと心配じゃないの?」
「別に」
とても心配しているさ。あいつがどこで永眠っているのかを考えると心が弾むし、亡骸を確認できないことが悲しくもある。
さて、どうやって会話を切り上げようか。これ以上、水野と話をしても時間の無駄なのはすでに明白だ。こいつが死体を隠した犯人でないことは今の会話で確実だし、それならもうこの部屋にいる理由もない。こうやって無意味な言葉を交わしている時間がもったいない。
「土屋のことなら心配してもしなくても同じだって。そのうち、何事もなかったように普通に登校してくるだろうよ」
有り得ない話だけど、切り上げるためにはそう言う他ないだろう。
「話がそれだけなら、悪いけどここら辺でお暇させてもらうよ。ちょっと今日も用事があるんだ」
自分が殺した人間を捜す、だーいじな用事がね。
「あ、ちょっと待って。もう一つだけ」
「?」
立ち上がった僕を、袖を引っ張ってまで無理矢理引き止める水野。なんだ、まだ用があるのか? 勘弁してくれ。
「……どうして私と付き合ったの?」
「……」
懇願と疑問と悲哀と焦燥が混じり合った、混沌とした表情で問われた。
何故付き合ったのか。その答えは考えるまでもなく、自明の要素ではあるけれど……果たして正直に答えてもいいのやら。いや、答えておこう。たとえ嫌われようが、もうすぐ刑務所に入る僕からしたらなんら関係のないことだから。
「顔が良かったからさ」
嫌みなく、微分積分ができる生徒に、足し算を教えるかのように当然に言い放った。
大抵の女の子は、顔が良いと言われてどう態度を示すだろうか。
もしそれが現在付き合っている彼氏だったら?
しかしそれが付き合うことになった原因だったら?
僕は女ではないし、女心が理解できるほどに精神が成熟しているわけでもない。
だから返事を待った。どう反応するのか、意外にも興味が沸いたから。
果たして水野の反応は――
「ありがとう」
笑っていた。それも満面の笑みで。まるで『顔が良い』と言われたことが、世界中のすべての褒め言葉の頂点に位置するような。だけど、
「×××××、×××××」
「……?」
聞こえない? これだけ近い距離で話しているのに?
……違う。理解ができなかったのだ。まるで水野が、急に英語以外の外国語で話しだしたように、僕の頭では理解が追い付かなかった。水野の言葉は、ただの『音』として耳から入っただけ。
「×××××。××××××××××」
なんだこれ、気持ちが悪い。訳の分からない『音』をひたすら発する水野が怖い。
怖い? ふふ、恐怖心はすべてあいつに持っていかれていると思っていたけど、再び新しく生み出されることもあるんだな。まだ小指の先ほどの小さな恐怖心ではあるが、今の僕は間違いなく水野に恐怖していた。
「……あぁ、悪い。もう行かなきゃならないんだ」
「あら、ごめんなさい。それだけはどうしても今訊いておきたくて……」
不意に元通りの会話ができるようになって、意表を突かれた。
なんだったのだ、今の『音』は。まるで人間が発するべきではない言葉だったぞ。ただ単にふざけていただけか?
「じゃあまた明日ね、日村君」
「うん。それじゃあ」
別れの挨拶を交わし、手芸部部室を後にした。
「あれは……」
廊下の向こうから、ゾンビのような足取りで生徒が一人、こちらへ歩んでくる。
ふらふらふら。時には肩と壁が衝突したり、時には何もない廊下で躓きながら、それでも一歩一歩と僕の方へと近寄ってくる。
それは木原純也だった。ただし昨日会った時の開け好かない笑顔はどこ吹く風で、今は完全に視線を落とし、暗闇に溺れた表情をしていた。ありきたりな表現で言えば、絶対に的中する占い師に、お前は明日死ぬと言われた人間のそれだ。
それにしてもあの木原という男は、どうしてここにいる? どうして僕の前に現れる? 偶然この旧校舎で出会ったのは、昨日のことだぞ。こんな所で何をしているんだ。
ドン、ガツっと肩が壁にぶつかる音を鳴らし、キュッキュッと上履きとリノリウムの床が擦れ合う。赤ん坊が動かすマリオネットよりも安定しない動きで僕の前に立った木原は――そのまま横をすり抜けていった。
まさか目に入っていないのか?
あえて僕から声はかけなかったけれど、木原の視点が僕を捉えることはなかった。
どうやら放心しきっている様子。心ここにあらず、というよりは、心がとある目的一色に染まり、ただそれを遂行するだけの人形、と称した方がいいかもしれない。
「×××××」
「!?」
驚いた。木原の口からも、あの解読不能な言語が紡ぎ出されたのだ。ただし振り返って確認してみたけれど、どうやら僕に向かって言ったわけではないようだ。完全に独り言。むしろ無意識に吐き出されただけで、本人すら口に出したことを覚えてないほど小さなものだった。
なんなんだ、一体。最近は暗号じみた言語を使うことが流行っているのか?
どうでもいいか。木原が僕に気づいていないのなら、その方が都合がいい。無駄な時間を使わなくて済む。
おぼつかない足取りで、僕がたった今立ち去った手芸部の部室に入っていく木原を見送りながら、僕は一階を目指した。原点回帰。昨日殺人があったはずの場所へと立つ。
見事に何もなくなっている。僕の腕から滴り落ちた血痕も、土屋の割れた眼鏡の破片も。
これだけ丁寧に後始末されているのだ。今さら僕個人が死体の捜索をしたところで、死体の隠し場所を割り出すことは不可能かもしれない。それに、どういう意図で自首するなとメッセージを送ったのかもわからないし……。
「ふむ……」
そうか。意図がわからないからこそ、メッセージがあれだけで終わるとは思えない。
事件現場を後にし、僕は昇降口へと向かった。下駄箱から下履きを取り出すと、同時に一切れの紙が舞い落ちる。
「やっぱり」
期待に胸を膨らませ、落ちた紙切れを拾う。中に書かれていた文字は見慣れない、しかし一度だけ見たことがあり、かつ絶対に忘れようのない丸文字だった。
『本日六時に、屋上で待っています』
早いな。六時といえば、今からもう二時間もない。二時間も経たないうちに、すべてが解決する!
はっはっは、楽しいよ、対面の時間が待ち遠しいよ! いったい誰が! どこへ! どんな目的で土屋の死体を隠したんだろうね!
心躍る心躍る。すべてが無になったはずの心が揺れ動く。
不思議な感覚だよ。遂に終焉が訪れたと思っていたら、突如としてあらぬ方向からおまけが沸き出た期待感。ぞくぞくするね! わざわざ僕に楽しみを与えてくれた、名も知らぬ誰かに乾杯だ!




