第16話 『消失』
あっれー、おっかしいなー。
土屋が今日、学校を休んだ。休んだこと自体は別に不思議ではない。傲慢なあの女のことだから、高熱があろうと絶対に学校は休まない、といったような強情さが宿っているようにも思えるが、実は逆。微熱でも体調が悪ければ休む。早く元気になって授業に出席する、というのが土屋の考え方なのだ。
だけど少しばかり不可解なことがある。メールを送ったが返事がない。休み時間に電話したが、呼び出し音どころか繋がらない。電源を切っているのだろうか?
もしかしたら携帯を手に取ることもできないほど、高熱でダウンしているのかもしれない。いや、それだと電話が繋がらない説明がつかないな。土屋はいつでも電源は切らずに、マナーモードにしているから。じゃあ電池切れして、充電する気力がない可能性もなくはない、か。
他には、やむを得ず携帯の電源を落とさなければならないくらいの重大な用事があるとか。学校休んでまでの用事って何だよ、と自分で思って笑ってしまった。
……うーん、気になるな。
これが他の友人ならば完全に放っておくんだけど、土屋だもんな。俺様がベリーラブな土屋様だもんなー。気にならないって言ったら嘘になる。
とにかく、俺で駄目ならもっと土屋と親しい奴に訊いてみよう。俺と顔見知りで土屋と親しい奴といえば……やっぱ手芸部部室にでも行かなきゃならないよな。面倒だけど。
放課後、俺は帰宅部部室には立ち寄らず、手芸部部室へと向かっていた。え、帰宅部部室なんてあるのかって? バカだなー、自分の家に決まってるじゃないか。
渡り廊下を通って旧校舎へ。なんつーか、旧校舎ってのは異様な雰囲気を保っているように感じられ、ちょっとした肝試し風味を味わえるんだよな。
校内でも非常に奥まった所に位置しているからかもしれないが、主に選択授業の教室しかないからだろう。一階の美術室の壁には、生徒の描いた絵画が飾ってあるし、等身大のマネキン? 石像? みたいなのも廊下に放置してある。ここへ来る度に、いちいちそれらにビビる俺も俺だが。
三階は三階で音楽室があり、教室に収まりきらないほどの吹奏楽部の楽器が廊下に散乱しているとか。音楽は選択していないので行ったことないけど。
そう考えると手芸部は可愛いものがあるよな。使う道具といっても裁縫箱やミシンくらいだし、完成品は実用性がある。ふむ、文化系の部活で一番効率良いのは手芸部だ! と、自分の好きな女の子が所属している部活を贔屓してみた。一生懸命各々の部活に精を出している方々、そんな理由で贔屓している帰宅部の俺をどうか許してください。
いつも通り、一階にある美術室の横の階段を上って二階へ行こうとする。と、
――そこには、嫌でも目につく容姿の男子生徒が立っていた。
***
そんな馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!
死体が消えていた。土屋明美の亡骸が忽然と姿を消していた!
登校しても学校内は何ら騒ぎになっていないのが不思議で、こうやってわざわざ放課後に旧校舎まで足を運んだのだ。もしかしたらまだ発見すらされていないのか、警察が公にしていないのかといろいろ考えたけれど、どちらも違った。
旧校舎の一階のトイレの前、そこに死体などなかったのだ! ご丁寧にも、割れた眼鏡の破片も、僕の腕から流れ出た血痕も綺麗に片付けられて!
どういうことだ。まさか死んでいなかった? でも脈はなかったはず。……いや、一度仮死状態に陥って、しばらくしてから息を吹き返した可能性もある。
しかしそうすると新たな疑問点が浮き彫りになる。どうして僕は今まで、今日のこの時間まで無事でいられたか、だ。生き返ったのなら警察に行くことくらいするだろう。なんせ弁護不可能なほど立派な殺人未遂だったのだから。
……誰かが死体を隠した? 誰が? どこへ? 何のために?
正常な人間ならば、人が倒れているのを発見したら、保健室へ連れていくか救急車を呼ぶくらいのことはするだろう。つまりもし死体を隠ぺいした人物が存在するならば、その人物は第一発見者でしか有り得ない。
じゃあ誰が隠したというのだ? どういう理由があって?
……いや、その前に、どこへ運んだというのだ。
土屋を殺した張本人である僕ですら、死体隠匿は無理だと判断したのだ。それをどこの誰とも知らない第三者が、誰にも見つけられない場所に隠すことは到底考えられない。人一人の死体を運ぶなど、少々リスクが大きすぎる。
「やあ日村君。奇遇だね」
「!?」
背後から呼びかけられ、咄嗟に振りかえった。こんなに近づかれても気づかないほどに考えに没頭していたのか、僕は。
「あ……、あぁ、君はえっと、木原君?」
「おおう、正解」
何とか名前を思い出すことができた。
「こんな所でどうしたの? ぼーっと突っ立っちゃってさ」
「いや……えっと。……ちょっと通りかかっただけだよ」
しかし嫌な奴にまずい所を見られたものだな。木原の目が、露骨な不審を抱いているのが読みとれた。
「木原君こそ、こんな所でどうしたのさ?」
「ん、手芸部の部室に立ち寄ろうかと思ってね」
手芸部? あぁ、そうか。そういえば……。
「木原君ってそういえば、土屋と仲が良いって言ってたよね?」
「おう、もちろんよ。仲良すぎて困っちゃうくらいね」
ならば土屋の動向は知っているはず。最後はどこで話し、いつから会っていないのか。
もしかしたら、こいつが土屋の死体を隠したんじゃ?
「土屋って今日、学校休んだんだよね?」
「そうそう、休んだ休んだ。しかも連絡も取れないし。あいつ、何やってるんだか」
学校は休んだ。そして連絡も取れないということは、やはり土屋は本当に死んだ可能性が高い。
「実は僕も土屋と連絡取れなくてね。話したいことがあったんだけど」
「伝言なら伝えておこうか? 俺が先に会ったらの場合だけど」
「いや、いいんだ。特に重要な要件じゃなかったから」
早々に逃げるとしよう。別れの挨拶をし、木原に背を向ける。
そして急ぎ足で旧校舎から離れた。
そもそもあの木原という男、何が目的なのか。手芸部へ行く? 何故? 土屋は休みだと知っていたのに……。いや、そうなるとあの男が死体を隠した可能性が、極端に少なくなるな。土屋の居場所を知っているのなら、わざわざ手芸部に行く必要はないだろう。
まさか、手芸部の部室に土屋の遺体が……?
何を考えているのだ僕は。これじゃキリがない。あの木原は無関係。土屋が死んだのを知らず、学内を彷徨う可愛そうな子羊。とりあえず木原のことは、一時頭から離しておくとする。
旧校舎から自分のクラスの下駄箱がある校舎へ進む。今日はもう帰ろう。気になることは山ほどあるが、だんだん頭が痛くなってきた。少し考えすぎたのかもしれない。
下履きに靴を換えるために下駄箱の中を覗くと、一枚の紙切れが靴の中に入っていた。
別に珍しいことじゃない。靴箱に入れることこそすでに廃れた文化だとは思っていたけれど、ラブレターなど過去に何通ももらっているのだ。この手の物にはもう慣れた。
その紙を手にし、一秒強で読み終えられる短い文に目を通した。
ゾッとする。背筋に得体のしれない冷気が迸った。
『自首するべからず』
その一文を読み、理解に至った僕は……満面の笑みを浮かべていた。その内容は、すべての僕を歓喜で沸き立たせる。
面白い! 楽し過ぎる! 危うく周りの眼も気にせず、大きく笑い出してしまうところだった。
この差出人は、間違いなく土屋の死体を隠した奴で、なおかつ僕が犯人だと知っている。これで土屋が生きている線は消えた。あいつは僕に自首を勧めていたし、なにより筆跡がまったく違う。
この筆跡、誰だろうな? 見るからに女の子が使うような丸文字だけど、筆跡を見て僕が判断できる女の子は、土屋と水野くらいしかいないから難しい。帰って過去にもらったラブレターと照合してみるか。
ふふ、面白いよ、どこの誰だか知らない謎の目撃者さん。僕が犯人だから、むしろ探偵と敬して呼んだ方がいいのかな。はは、探偵が犯人を突き止める小説は星の数ほどあれ、犯人が探偵を見つけだす話などそうそう滅多にないだろう。
消えていた強欲の蝋燭に、再び炎が灯った。
やってやるよ、こうなったらなんとしてでも見つけだしてやる。これが最後で最後の戯曲。最終章。だから最後まで僕を楽しませてくれ。なあ、どこの誰だか知らない探偵さん。




