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第11話 『手芸』

「ねぇ、華憐。どうして日村と付き合ってるの?」


 突然の問いに、水野はキョトンとした顔で私を見つめた。しかしすぐに言葉の意味を理解し、頬を朱に染める。


「そ、そんなの決まってるじゃない。私が日村君を好きで、それで告白したら日村君は頷いてくれて……」


 裁縫している手を止めて、目を背けながらしどろもどろに水野は答えた。


 水野が猫被りなのは十分承知だけど、基が最良のため、彼女のはにかむ顔は油断すると女の私でもときめいてしまう魅力を持つ。もちろん今は油断する心構えではないため、そんな間違いは起こるはずもないが。


 それにしても、部室で水野と二人きりになるのは久しぶりだった。金本の事件があってからは手芸部は休部となり、万が一の為に陽の出ているうちに帰宅することが暗黙の了解となっていた。部員は女子だけだし、暗くなってからの一人歩きは、今回の事件がなくとも絶対に避けた方がよい。世間ではまだ、通り魔説が一番濃厚と思われてるらしいし。


 今日この日に水野と二人きりになったのは、単なる偶然だった。ほぼ毎日顔を出している私が部室にいるのは当然として、水野が来た理由は「暇だから」だそうだ。なんでも日村から、気分が優れないので一人にして欲しいと言われたらしい。その話題から、私は日村との関係を掘り下げたのだ。


「日村のどこが好きなの?」

「わからないわよ、そんなこと。最初は、ちょっとカッコイイ人がいるなって思っただけだけど、次第に好きになっていったの。臭い言葉だけど、人を好きになるのに理由がいる? それに明美だって、木原君のどこが好きだって訊かれたら、明確に答えられる?」

「それもそうね。困るわ」


 あのだらしがなく人に気を遣うこともできない男を何故好きになったのかと問われれば、それは自分の中身を考えさせられる命題へと変換されるだろう。好きになったから好きなんだ。しばらくの間はそう答える他ない。


「私と純也は付き合ってはいないけど、でも純也も私のことを好いてくれてるという自信があるわ。あなたはどうかしら? 付き合ってはいるけれど、日村があなたのことを好きでいてくれるって自信はあるかしら?」

「それは……思わないわね」


 おや? 告白を承諾してくれたんだから、あっちも自分のことが好きに違いないと強情に言い張られると思ったけど、意外と簡単に否定したわね。


「明美たちのように、最初から相思相愛で恋人同士になれる人ってそうそういないと思うわよ。大体の人たちは、片方が積極的にアピールして好きになってもらうしかないんじゃないかしら。それで自分の方の振り向いてくれたらハッピーエンド。努力してもダメだったら別れてしまうか振られてしまう。そういうものでしょ?」


 これだけ美人だから、夢見がちな性格だろうなと勝手に思い込んでいたけれど、案外現実性の高い人格なのね。まあ猫被ってるくらいだから、多少の計算は常に怠っていないわけか。


「じゃあ日村に好きになってもらうように、いつも努力してるってこと?」

「もちろん」

「金本があなたに告白して振ったのも、そういうことなのね?」

「……」


 水野の顔が険しくなった。目を細め、眉間に皺が寄る。心の揺れが、その美しい顔を歪めた。なんでここで金本の名前が出てくるのかと、目で語っているのがよくわかる。


「金本は何の努力もしないまま、あなたに歩み寄ったから振られた。そういうことよね?」

「……そうよ。だって金本君のことなんて、一緒のクラスの男子、くらいしか接点がなかったもの。振った後で、金本君についていろいろ明美に訊いたでしょ? 私の方からも少し歩み寄ってあげようかなと思ったけど、それは間違ってるとすぐに気づいたわ。なんで私から好きでもない金本君のことをわざわざ調べないといけないのかしら? そこは金本君の方からアピールしてくるべきじゃないかと思ってね」

「なるほど、正しいわ」


 他人に嫉妬してばかりで、自らアプローチすることを忘れてしまった性格は、金本の短所と言えるところだろう。……いいえ、違うわね。告白する前ならばともかく、振られた後に金本が水野へアプローチできない大きな理由がある。


「それでその後、金本を振った後って意味だけど、すぐに日村に告白したわよね。そして二人は付き合いだした」

「……そうね」

「でも何故かしら? 何故あなたは、金本を振った直後に日村に告白したのかしら?」

「それは……」

「金本と日村が幼馴染で今も親友だってことは、私が教えてあげたわよね。それを知った上であなたは日村に告白した。何故あの時期に? 何故あのタイミングに? これじゃあまるで、金本への見せしめに告白したようなものじゃない」

「……」


 戸惑いの眼。挙動不審に彷徨っている視線は、露骨に動揺していることを示している。


 動く動く。心が波打つ影響を受けた眼球は、宙に浮く言い訳を求めて迷宮へと彷徨い始めた。落ち着かない瞳を泳がせながら、無言で私に訴えてくる。


 しかし私はサディストではないので、詰問はここらでやめておいた。


「ごめんね、変なこと言ったりして」

「……いいえ、構わないわ。ただ明美がそんなことを訊く理由が知りたいな。なにか嫌なことでもあったの? なんでも相談に乗るわよ」

「大丈夫よ。ちょっと他で気に入らないことがあっただけだから」


 水野は事件と直接関係があるわけではない。金本が日村を殺したくなる原因ではあるけれど、事件そのものとは何の関連性もないのだ。それを私はうだうだと問い詰めて、何をしようとしていた?


 あぁ、ダメだ。少し熱くなるとすぐこれだ。自分の本性が素で出てしまう。

 隠さなければ隠さなければ。


「悪いけど、私はもう帰らせてもらうわ。ちょっと気分が悪くなってきた」

「それなら私も帰る。一人で帰らせて、途中で倒れられでもしたら、私も気分悪くなっちゃうもの」


 冗談めいた水野の言葉も、今だけは無性にムカついた。


 気分が悪いのは嘘ではない。ただそれは、心の核にくっついた癌のような塊のせいだ。


 自分の主義とは正反対へ行動してしまった後悔。自分らしくない振る舞いに、自傷したい気持ちが溢れる。


 人を問い詰めるなんて私らしくない。不確かなことを、口調を強めて相手に迫ることはいけないことだ。感情的になるのは悪だ。


 癌はその代償。正義の心から私の負の行動によって生み出された、憎き腫瘍。

 白き心の核を芋虫のようにうじうじと這い回る癌は、会話を切り上げることでその動きを停止させた。それらが消えるのは時間の問題だ。異物は死ね。


 冷静になれ。私は理論的でなければならない。私は正しくなければならない。


 正義は罪を許さない。だから日村を野放しにしてはいけないのだ。だから私が動かなければならないのだ。


 水野のことはもういい。それよりも重大なことが控えている。

 日村を捕らえなければ。自首へと導かなくては。

 この事件を解決できるのは、私しかいない!


 ――私ガヤラナケレバ誰ガヤル?

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