第10話 『焦燥』
純也が何かを発見してくれる期待はしていない。連れてきた理由は、他人の目を背けるためだ。殺人現場で一人怪しく動き回っているよりは、逢引していると思われた方がいい。無論、その相手は純也とのみに限るけど。
純也は早々に飽きたようだ。無理もないか。純也はこの事件とまったく関係ない。私が勝手に連れまわして、勝手に情報を吹き込んでいるだけなのだから。
殺人現場で証拠品を探そうなんて、出しゃばりな女だと思われるだろうか? それでも構わない。だけど理解はして欲しい。この事件は私が解決しなければいけないのだ。もっと言えば、私にしか解決できないものだと思うのだ。
理由はもちろんのこと、金本と日村の昔からの付き合いだから。
金本が日村を殺そうとし、逆に返り討ちに遭い、そうして日村は今も平穏に金本の死を悼んでいる。この一連の流れが、この思い付きにも等しい推理が、どうしても崩れることがない。考えれば考えるほど、根本から固まってしまって、一つの真実として私の中で確立してしまう。
だって金本が殺された理由を、誰が理解できる?
日村が犯人だと、誰が疑える?
私だけだ。『金本+殺人』の演算を『=日村が犯人』という等号で結び付けれるのは、自分だけなのだ。物的証拠がなければ、その等式を描ける人間は他にはいまい。
しかし日村は今日も普通に登校してきている。父親に事件のことを訊いても、日村の単語を耳にすることすらなかった。つまり警察は、まだ犯人を特定できてないだけでなく、日村を眼中にも入れていないということになる。
それではダメだ。たとえ正当防衛であったとしても、裁かれるべき罪は罰を負わなければならない。できれば自首してほしいものだけど、事件から数日が経った現在では、それを願うのはいささか遅すぎか。証拠が挙がらなければ、迷宮入りになりそうな事件だもの。
だからこうして純也を連れて事件現場へと赴いた。純也も言うとおり、証拠らしき証拠は警察が発見して保存しているだろう。しかしもしかしたら、私にしかわからない異物が混入しているかもしれない。背景と同化して、誰の目にも触れなかった証拠を発見できるかもしれない。
そんな僅かな可能性を期待してはいたけれど……。
何も見つからない。数日前に、本当にそこに人間の死体があったのかと疑ってしまうほど綺麗に片付けられている。
来るのが遅かった? いや、警察が立ち去った後なのだから、片付けられてるのは当然じゃないか。だったら警察が回収できなかった証拠も、掃き捨てられているのは当然? 現場に来た意味などなかった? ただの高校生が殺人事件の犯人を突き止めることなどできない?
いやいや、何を考えているのだ私は。すっかり諦めモードになってしまっている。
何もなくとも、私はめげない!
探す探す探す。考えろ考えろ考えろ!
証拠がない。ということは、通り魔の線が濃厚になるのか? それだと金本がナイフを握っていた理由がわからなくなる。護身用にいつも所持していた? その真偽を定かにすることはもうできない、か。
それに凶器がその場に落ちていた金属バットということも、通り魔説を覆す証拠だ。通り魔だったら、落ちてるかどうかも定かではないバットを頼りに犯行に及ぶはずもない。凶器は必ず所持してくるはず。それに凶器は現場に残されていたのだ。しかも丁寧に指紋を拭き取った痕まで残して。
何故凶器を置いていった? 血が付着していたから? いや、周りを見渡しても相当の血液が飛散していることが読み取れる。この惨状で衣服に血液が付着しないわけがない。衣服は血だらけなのに、同じようなバットは置いていった。何故? 凶器を放置することにどういう意図がある? 自分が捕まる可能性がある物を、わざわざ残して行く理由は?
……つまり犯人は、早く捕まることを望んでいる? 馬鹿な。意味がわからない。刑務所に入りたければ自首すればいいだけの話だ。
そもそも金本は犯行時刻、つまり深夜十二時から一時の間に、学校で何をしていたのだろう。まさか違う場所で殺され、ここへ運ばれた……、却下。理由は部室棟の壁に飛び散った、地獄の悲惨さを具現化させる血液が物語っている。この場所以外に血を思わせる痕などどこにもないし、死体一つを運ぶなど相当な労力が必要だ。部室裏へ運ぶ理由がない。金本がここで殺されたのは間違いないことだ。
……ダメだ。どうしても考えが行き止まり、最初の妄想がリアルに映像化されてしまう。
ナイフを持った金本が、深夜十二時に日村を学校へ呼び出し、そして返り討ちに遭う。
日村は散々金本の脳髄を殴り潰した後、バットに付いた自分の指紋を拭き取り、凶器と化したバットをその場に置いて帰宅。
犯人の衣服には大量の血液でコーディングされている。これは絶対だ。だから日村も血だらけのまま家へ帰った? 目撃者は? いるはずもないか。時間が時間だし、たとえ人とすれ違ったとしても、明かりが薄い場所ならば、服の模様が血と判別するのは難しいだろうから。あぁ、それでバットを置いていったわけか。服の朱い模様と、手にするバットで連想させないために。
結局、犯人を日村と決め付けて推理しているではないか。犯行現場を訪れて、初心に還って一から推理し直した意味がない。もう犯人を日村と決め付けて理論を組み立てた方がいいのか? まずは日村は絶対に犯人ではないとして、消去法を選んだ方がいいのか? わからない。どうすればいいのかわからない。
私の幼馴染は殺人犯なのか、そうでないのか、ワカラナイ。
「警察が十分に捜査しただろ。証拠っぽいものなんて何もないんじゃないか?」
あー、五月蠅い。他人から聞いた話だけで推理ができると思っているのか。百聞は一見にしかず。私は自分の目しか信じない。
それを純也に教えてやるのはいささか手間と時間がかかるので、適当に流しておいた。
しかし何も見つかっていないのは事実。なので証拠からは少し距離を置いて、動機を探ってみよう。
金本が殺される理由、か。あの子は人を恨みこそすれど、人から恨まれるような性格ではなかった。日村のような八方美人でないからこそ、人から妬まれるようなことはないはずだ。最近は少し疎遠になって、金本の交友関係まで観察できなかったけれど。それでも誰かに殺意を抱かれるほどの人間ではない……はずである。
やはり犯人が金本を恨んでいたのではなく、金本が犯人を妬んでいたと考える方がしっくりくる。それで正当防衛にも似た返り討ちで死亡。
実は私は、金本がよく他人のことを妬む性格だったことを知っている。いえ、私だけでなくとも、少しばかり友人として共にした人間なら大体わかるだろう。日村なら言わずもがな。
そして私は、金本が日村をよく羨んでいたことも知っていた。
あの能力、あの外面、あの完璧性。金本でなくとも日村を羨む人はたくさんいると思うが、昔から日村と付き合いのある金本は、それがコンプレックスだったに違いない。いつも自分と日村を比較し、事あるごとに「お前はいいよなぁ」と呟いていた。
しかし殺意を抱くまでに至るか? 殺すまで発展するか?
妬みが殺意の可能性になることは私も認める。ただ今までだって、金本と日村は大きく敵対したことはないのだ。学力テスト、体育祭、その他の小さな競争で日村の圧倒的な力になす術もなくひれ伏すことさえあれど、だからといって暴力で日村を征するのは金本のやり方じゃない。少なくとも、日村に勝とうと日々努力する金本の昔の姿を、私は見たことがあるのだ。
そうなると、二人が造り上げてきた根本的な妬みではない。最近新しく、それでいて最も大きく金本が日村に敗北したことがあったか?
……。
まさか……。
金本の方ではなく、日村の環境が変わったのは、周知のとおりだ。いつからだったかは忘れたが、日村は学校のマドンナ的存在である水野と付き合い始めたんだった。
そうか、それか。いやむしろ、それしかない。
誰もが認めるカップルが誕生した裏側で、一人の男が水野に振られたことを私は知っている。金本自身は隠していたようだけど、その相手までそうとは限らない。
私は水野から、金本から告白されてどうしようと相談されていたのだ。私が金本と旧知の仲と知ってのことだろう。告白されて即座に振ったはいいが、金本という男の子がどういう人なのかを知りもせずに無下に断ってしまったのが、申し訳なかったらしい。私からしたら、それは単なる言い訳にすぎないけど。
そこで私は答えた。正直に、正確に、昔から見ている金本を、なるべく客観的になるように水野へ教えてあげた。結局、他人から聞いただけでその男の子と付き合う気にはなれない、というような結論だったが、まあ妥当な判断だろう。
その直後、水野は日村に告白して、めでたくカップルに。時間的に、振られたショックの一番大きい時期だったのではないだろうか? あの人を妬みやすい金本なら、日村を殺したくなるくらいの嫉妬は……。
……あれ?
何かが引っかかった。おかしい。いや、矛盾はしていない。しかし何だこの感覚は。全身に虫唾が走るような違和感は。
何故あの時期に? 何故あのタイミングで水野は日村に告白した?
これじゃあ、まるで……。
「一時まであと十分ってところか」
「え?」
唐突に純也の声が耳に入り、私は思考の海から帰還した。
一時まであと十分? 何のことだ? あぁ、午後の授業が始まるまでか。いつの間にかそんなにも時間が経過してたのね。
「あぁ、十分前ね。そろそろ戻りましょうか。五分前にはしっかりと着席していなければいけないもの」
たとえ午後の授業をサボって証拠品の捜索に没頭したって、何かを見つられる可能性は限りなく低いだろう。というよりも、私の辞書にサボりという文字は存在しない。
得る物はなかったけど、閃きはあった。つまり金本が日村を殺そうとする理由。これを基に一度日村を問い詰めてみましょう。証拠がないので、のらりくらりと避けられるのは目に見えているけれど、試してみる価値は十分にあるわね。
いえ、でもやっぱり、その前に……。




