ー三浦拓朗 天使ー
ようやく音楽だけで食べていけるようになった頃、和音と出会った。昼と夜が逆転した生活から、人並みに朝起きて夜眠れるようになった。そもそも人間の身体はそのようにできているらしい。
ネイティブ・アメリカンのように、朝日と共に立ち上がり森羅万象に感謝すると、思いがけないギフトをもらえるのかもしれない。
その日も、早起きをして近所の公園に散歩に行った。まだ町が動いていないこの時間帯は、創作活動にうってつけだった。歩きながら頭の中で言葉を探し音を探す。時々、思いがけないひらめきが天から降りてくる。そんなラッキーな時は、忘れないようにとベンチに座りメモを取る。
その日はラッキーなことはなかったが、なんとなく、ベンチに腰を下ろした。
すると、「ミャウ…」と小さく鳴いて子猫が足元に寄ってきた。白黒のホルスタインのような面白い柄をしていた。母猫とはぐれてしまったのかと周りを探したが、どこにも見当たらなかった。もしかして捨て猫かもしれないな。
「おまえもか…」
子猫の愛らしい顔を覗き込んで頭をなでた。その時、話しかけてきたのが和音だった。
「かわいい… おなまえは?」
子猫の隣にちょこんと座り、まるで俺の猫のようにきいた。
「えっ?名前?えっと、ミルク。」
何を思ってか俺は咄嗟に答えてしまった。
「ミルクちゃん。あなたは天使ちゃんね。」
確かに子猫は朝日を浴びて天使のように柔らかく輝いていた。翼の代わりにフワフワの毛に覆われた小さな天使。それをまぶしそうに見つめる和音も俺には天使にみえた。純粋の塊のふたつのいきもの。
これが最初の出会いだった。
そして、その日から、「ミルク」との同居生活が始まった。和音が言った通り、猫は天使だと思う。目に見えないたくさんのギフトを俺に与え続けている。その一番のギフトが和音との出会いだった。俺の味気ない人生に息吹を送り込んでくれた。
それから幾度となくその公園で会うようになり、いつの間にか、かけがえのない仲になった。何でも言い合える仲というよりは、黙っていても居心地がいい仲と言った方がしっくりくる気がする。言葉は便利だけど、本当にわかり合うのに言葉なんていらない。
出会ってずいぶん経ってから、最初の日のことを話した。
ミルクが捨て猫で、和音が俺の猫のように言うから引き下がれなくなったと話すと、和音はびっくりした顔で笑った。そして、女らしいかわいいミルクが実はオスだったことを話したら、俺の前で初めて大声で笑った。それにつられて俺も久しぶりに大声で笑った。
なんだか嬉しかった。こういうどうでもいいしあわせは決してお金では買えない。