ー雪村香梨 最愛ー
決して住み慣れた町とは言えないけれど、全身全霊で愛した場所に戻ってきた。
あれから20年。いや、それ以上。封印していた過去。今では、心を切り裂いたあの憎しみさえも懐かしい。
中学2年生という中途半端な時期に転校してきて、この町を去る日まで、私の呼吸一つ一つの中にあの人がいた。それほどまでにあの人を愛していた。
一緒に過ごした日々はあまりにも愛おしく、会えなくて寂しい時間さえも神様からのプレゼントであり、太陽の下に転がる果実のように、甘酸っぱくほとばしり、キラキラ輝いている。思い出そうとすると眩しすぎて見失いそうになる。
何があっても不安はなく、今しあわせなように明日もきっとしあわせで、明後日はもっとしあわせで、そんなことをシンプルに信じていた。いつもいつもあの人に恋をしていた。
こぼれ落ちる思いを拾い集めなくても、あの人への思いは止めどなく溢れ出てきた。
それなのに、私たちの愛は一瞬で壊れた。本当に一瞬で。
もう二度と帰ってくるつもりはなかったけれど、運命はまた私をこの地に置いた。病気だけでは帰る理由にならなかったけど、死を自覚して、自分の本当の望みがわかった。その望みを叶えてあげようと思った。
あの人に会うつもりはない。私の愛したあの人はもういない。しかし、会いたいという気持ちを大切にしてあげたかった。
私はあなたに会いたい。あなたに会いたい。会いたい。もう一度会いたい。もう一度あなたを見たい。あなたの声が聴きたい。あなたの手に触れたい。あなたの匂いを感じたい。もう一度両手を広げるあなたの胸の中に飛び込んでいきたい。
記憶の中の愛するあなたに会うためにこの町に帰ってきた。記憶の中のあなたへの愛も憎しみもすべての思いを解放して、魂の故郷へと帰ってゆく決心をした。
これほどまでに愛させてくれた駿介、あなたは今しあわせですか…
私は今、あなたに感謝しています。