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ー三浦拓朗 時間ー

 こんなところで人を待つのも悪くないなと思った。

 穏やかな春の日の海岸は、見るもの、聴くもの、匂うもの、肌に触れるものすべてが新鮮だった。砂遊びに夢中の小さい子供たちが午後の光を受けてキラキラ輝いて見える。自分が持っている時間とは違う時間がここにあるようだった。


 乾いた砂の上に腰を下ろしてタバコに火をつけた。カッコつけるためだけに始めたタバコだったが、今では、止める理由がみつかっていないという理由だけで吸い続けている。止めようと決めればいつでも止めれる自信はあった。パッケージにある「煙草警告表示」はまったく説得力に欠け、矛盾した世界をあざ笑っているようだと思った。


 ドーナッツの煙の中、遠く向こうに高層ビル群が模型のように霞んで見える。幻の世界、蜃気楼のようだった。人はなぜ満ち溢れた自然に背を向け、無機質に立ち並ぶビルを見上げあこがれるのだろう。生きていく上で本当に必要なものはすべて手中なのに、なぜ、もっともっと欲しがるのだろう。目の前の井戸には澄み切った水が満ち満ちているのに、枯れた蛇口を一生懸命に探し、一日中彷徨い歩いている。殺伐とした中の潤いは幻に過ぎないのに、それを夢見て渇望して、手を伸ばし、もっと求めて、挫折して、やっと夢から覚める。そして、ああ、また人より劣ってしまったと劣等感に苛まれ、もっと挫折し、行き場を失くし途方に暮れる。…救われないな。


 「人と比較するのは止めよう」、「あなたはあなたのままでいい」、「自分らしく生きよう」と世間は励ましてくれる。そして、「隣の人よりも劣るな」、「今の自分に満足するな」、「人生を成功させよう」なんて煽り立てる。「煙草警告表示」と同じだ。矛盾している。


 こんな見えない闇の力に支配されている世界に生きている。救われない矛盾に抵抗するパワーなんて俺にはないけれど、何の疑問も持たずに生温く生きていきたくはないと思う。


 砂遊びをしている子供たちが母親に呼ばれ、手をつないで帰ってゆく。置き去りになった砂の山は、時の中に忘れられた遺跡のようだ。やがて波に流され、海に埋もれ、今夜には子供たちの脳裏からもすっかり消え去るのだろう。

 その砂の山を、じっとみつめている男がいた。場違いなスーツ姿で、何の目的もなく立っている感じだった。俺みたいに人を待っているのかもしれない。


 和音は大丈夫だろうか。「青山駿介」という男に会えただろうか。

 俺はポケットからスマホを取り出しメッセージを送った。


 [あえた?]


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