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ー三浦拓朗 瞬間ー

 今日、初めてオリジナルソング以外の曲を披露したが、こういうことも大切だと思った。みんな心から聴いてくれているのが伝わってきた。いいものはいいのだ。時間も距離も越え人の琴線に触れてくる。それを認めてしまえば、それを越えようなんて気持ちがなくなる。

 自分の歌しか歌わないというつまらないこだわりが、やがておごりとなり、人の心に入っていけなくなるのかもしれない。


 「おごり」「たかぶり」「うぬぼれ」「傲慢」も芸のうちと言う人もいる。

 しかし、俺が音楽を始めた時、“樹木希林”シスターは俺に釘を刺した。

 「いつの間にかそうなっちゃうから」と。

 そして、「謙虚」の意味も教えてくれた。

 「拓ちゃんの“謙虚”は謙虚じゃないのよ~」なんて言いながら。

 その時はよくわからなかったが、今、本当にありがたい。


 店の片隅の狭い楽屋に戻る途中、一人の男に呼び止められた。スーツ姿で少し場違いな品の良さを醸し出していた。ふと、今日の午後、海岸で見た男、あの超イケメンオヤジに似ていると思ったが、そんなことはないだろう。

 「歌、良かったよ。ありがとう。」

と男は低い静かな声で言い、俺にチップを持たせてくれた。大きな額だったが、傲慢な感じは少しも感じられなかった。大概、人はチップを渡す時、上から目線になるものだ。の辺りの微妙な感覚は言葉にするのが難しい。

 それを「ありがとございます」と頭を下げ、素直に受け取った。

 この“素直”というのが謙虚らしい。


 男が踵を返して歩きだした時、和音が向こうからやってきた。なんか、こう、桜の花びらがひらりひらりと舞うように歩いていた。すれ違うスペースは十分あったのに、男の足がピタッと止まった。和音の顔を見て止まったと男の背中が語っている。それに合わせて和音も立ち止まった。男の顔は見ることできなかったが、二人が見つめ合っていることはわかった。


 衝撃的な瞬間…だな。


 和音は現実に戻ったように首を少し傾げ、視線を俺に変えて、男の横をすり抜けて歩いてきた。男はまだ背中を向けて立ったままで、振り向きそうな気配だった。

 「拓朗、ありがとう。ママに届いたね…」

 和音は嬉しそうに言った。

 その声を聞きながら、男はそのまま出口の方に歩いていった。


 「和音、今の男知ってる?」

 和音は首を横に振った。

 「あの人、拓朗の歌聴いて泣いていたよ。」

 和音はそれを見て、胸がギュッと締め付けられたとは言わなかった。自分の知らない心の内緒の部分がそう感じて、その部分をまだ内緒にしておきたかった。


 俺はあの男がまた来るだろうと思った。いや、確信があった。あの男が今日和音が会いに行って会えなかった“青山駿介”だ。偶然も必然のうちだ。神様パズルは必ず合うことになっている…

 聴こえない音を立てて何かが大きく動き始めた気がした。


 和音、どんなに傷ついてボロボロになっても、俺はここにいる。

 恐れずに思いっきり羽ばたいてみろ。


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