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ー青山駿介 香りー

 タクシーの後部座席で夜の街を眺めながら、今日の自分はどうかしていると思った。

毎日の折り目正しきデジタル式生活からすっかり外れ、自分の理解不能な行動に戸惑っている。自分の心がいきなり人間らしくなったようで、その対処法がわからなかった。故障していた心がまた動き始めて途方に暮れている…そんな感じだ。


 そもそも、今回の同窓会も出席する予定ではなかった。しかし、ひょんなことから”雪村香梨”が出席するかもしれないと聞いた。それを聞いた時、自分でも意外なほど衝撃を受けた。全身の血が駆け巡るのを感じた。何に動揺しているのかわからなかったが、堰き止められていたものが再び流れだすような感覚だった。

 会いたいと思った。


 ひとつの決心を胸に同窓会に出席した。勝手だが、もし香梨が出席していたら、許してくれなくても頭を下げて詫びたいと思った。それが叶わなくとも、一目元気な姿を見たいと思った。願わくばしあわせな顔を。そうすれば、自分の罪が少し軽くなる気がした。

 しかし、香梨は来なかった。ホッとしたと同時に、気持ちの持って行き場を失ってしまった。


 この『CROSS ROAD』のカードを見て、なんとなくタクシーを拾ってしまった。

あの時、あの女性にぶつかった時、ほのかに香梨の匂いを感じた。その匂いを求めてここまで来てしまったのか、行く当てがなくここに来てしまったのか、いずれにしても、本当にどうかしている…


 照明を落とした店の中はほどほどに混んでいた。席につくと、スポットライトを浴びた男性ミュージシャンが、「この歌が誰かに届くように…」と静かに言った。

イントロが始まり、いきなり全身がしびれるような感覚に襲われた。

 『素直になれなくて』---これは僕と香梨の歌だった。二人の思い出にはいつもこの歌があった。笑い合った時も…、ケンカした時も…、愛し合った時も…。

 ただ、最後の結末だけ、この歌のようにはいかなかった。


 そう、別れる前日にも、しあわせを誓った時、この歌が流れていた。


 彼の歌うメロディーに乗って、記憶の底に沈んでいた狂おしい切なさの泡が一つずつ浮かび上がってくる。その一つ一つが小さく弾け、淡い懐かしい匂いが、やわらかい羽毛のように僕を包み込む。

 僕の心はいっぱいいっぱいになって涙で溺れそうになった。


 僕は香梨を手放して初めて泣いた。


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