ー雪村和音 運命ー
あれ?どこにいってしまったんだろう…
拓朗にもらったショップカードが見当たらない。今夜から拓朗が演奏するライブハウスので、今日もらったばかりだった。川沿いだからすぐにわかると言っていたけれど、土地勘のない私にはよくわからない。
お昼過ぎに駅で待ち合わせて、その時に受け取った。バッグに入れて、その後一緒に歩いて、拓朗は海岸に行き、私は「坂の上ホテル」に上り、また坂を下り、海岸で合流して、また一緒に歩いて、駅で別れて…。落とす場所なんてなかったはずなのに…
この時間だともうスマホは見ないだろうなと思いながらも、拓朗に一応連絡してみた。
「今夜は特別だから来いよ。」と言ってくれたけど、たどり着けなければしょうがない。返信は来ないだろうから諦めて家に帰ろうと思った。すると、すぐに返事があった。期待ゼロだったので少し驚いた。そして、もっと驚いたことに、『CROSS ROAD』は目の前にあった。
「す・ご・い」
…今夜は特別だから絶対に来るべきだったのね。ちょっと運命的なものを感じてしまった。
私は音楽音痴だけど、拓朗の作る歌が好きだ。音の組み立てが動くパズルのようで、ピースピースが感情を持って踊っているようだ。他の誰もまねできない世界観を持っていて、Addicted…一度聴いたらやみつきになる。
「拓朗は神様にすごいギフトをもらったね。」といつか話した時、
「神様に一番愛されているから。」とお道化てみせた。
神様に愛されている人の奏でる音は、切なくてどこまでも優しいんだね。
私は、拓朗の歌をアパートの部屋でミルクと一緒に聴けるから、ライブハウスへは一度も行ったことがない。人混みは苦手だったし、あんなVIP席が用意されているから、行こうという発想がなかった。でも、今夜はどうしても来てほしいと拓朗が言った。
お店に入った。照明を落としたスポットライトの中にすでに拓朗はいた。
「この歌が誰かに届くように…」と静かに言って拓朗は歌いだした。
それは、シカゴの『素直になれなくて』だった。拓朗はオリジナルソングしか歌わないと言っていたのに、ママのために、ママの愛する歌を歌ってくれた。
ママが捨てることのできなかった曲。
ママ、拓朗からのプレゼントだよ。
ママに届いているかな…
それとも、
ママはこの歌をあの人に届けたいのかな…
誰しも一度はこの歌のような気持ちになったことがあるのかもしれない。若い人も若くない人も、女の人も男の人も、みんなただ静かに聴いている。私はこの歌のような経験はないけれど、拓朗の声が心に沁みてきて、ちょっと切ないよ。
目が潤んできてすべてがぼやけて見えた。斜め前にいる人の目から涙がポツリとこぼれ落ちた。なぜか胸がギュッと痛くなった。この男はどんな思いでこの歌を聴いているのだろう。ママがここに居たら、きっと同じような涙をこぼしていたような気がする。
「Hard to say I’m sorry」




