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ー三浦拓朗 信心ー

そんな天使的な出会いから、僕たちの“交際”は幕開けた。 


和音が俺というよりもミルクに会いに、時々俺のアパートを訪れるようになった。和音は自分からあれこれ話す方ではなかったが、ミルクには色々話しかけていた。それを聞きながら和音のことを少しずつ学んでいった。今思えば、和音は自分のことを知ってもらいたくて、俺に聞かそうと、一生懸命にミルクに話しかけていたのかもしれない。


 ニューヨークで生まれ育ったこと。両親は和音が生まれてすぐ離婚したこと。母親が翻訳業で和音を育てたこと。学校はあまり好きでなかったこと。友達作りが下手なこと。人を信じるのが苦手なこと。母親が病気で日本に帰ってきたこと。もう長くないこと。絵を描くことが好きなこと。今は日本画の勉強をしていること。必死で伝えていた。

 眠い目をしたミルクに、俺と出会えてよかったとも話していた。俺の歌を聴いてみたいとも。


 和音は俺のことは何も聞かなかった。話すのが苦手だからというのではなく、聞いても俺があまり上機嫌で答えられないことを見透かしているようだった。和音なりの思いやりだった。


 誰にでも内緒にしておきたいことが一つや二つある。ある時は人を守るため。ある時は自分を守るため。人から見たらどうでも良いことが、自分にとってはとても重要で、それを死守すべくエネルギーのほとんどを使い果たし、やがて疲れてしまう。時には自分にとってもどうでもいいことなのに。

 俺は自分の過去を内緒にしたいわけではなかった。それを話した時、相手の困った顔を見るのが好きではなかった。そんなにいけないことを言ったのかという気分になる。


 俺は生まれてすぐに捨てられた。ここは貿易港の港町でミッション系の施設が点在する。その一つの扉の前に、ある朝、置かれていた。捨て猫のように。”事情”があるのなら最初から生まなければいい。親に捨てられたのは俺のせいではないのに、まるで生まれながらにして減点を持っているかのように世間に扱われて育ってきた。世間がどんなにきれいな言葉を並べても、世間はそう見ているのだ。


 幸い俺の面倒を見てくれた施設のシスターは、優しく、厳しく、楽しく、強く、俺を丁寧に育て上げてくれた。顔も話し方も樹木希林に似ていて、俺のことをいつもほめてくれた。

 「拓ちゃんは神様に一番愛されているわね。」が口癖だった。

 その言葉を素直に信じた俺は、どんなに辛い風が吹こうとも前を向いて生きてこられた。信じる者は救われるというが本当だと思う。

 後で知ったことだが、他の仲間もみんな同じことを言われていたらしい。シスターらしいやと思った。そのシスター、もう一人のシスターと共に「キリンシスターズ」と呼ばれていた。その理由を和音に話したらかなりウケていた。


 この世で起きるすべてのこと… 和音のことも、俺のことも、最初からそういう流れができているんだと思う。その流れに逆らうことなく沿っていけば、ちゃんと用意されたところに行き着くんだと思う。時には斜めに流れながら、時には石の上で休憩しながら、時には丸太につかまりながら、時には流れの真ん中をスイスイ行きながら、そして、時には誰かと手をつなぎながら…


 和音、人を信じることは、愛することにつながるんだよ。信じなければ誰も本当に愛せないし、愛してもらえない。



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