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ー雪村香梨 本心ー

 頬を通り過ぎる風が心地よい…… 海鳥が砂浜で波とたわむれている…… 波間が宝石のようにキラキラ光っている…… 降り注ぐ日差しは暖かく懐かしい匂いがする…… 後ろを向くときっと駿介がいる…… 両手を広げて待っている駿介が…… でも私は振り返らない…… もう行かないといけないから…… でも……


 寄せては返す穏やかな波に揺られながら、私は徐々に目を覚ました。ハガキが床に落ちていた。壁の時計を見た。あぁ、そうだ…いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。


 1時間ほど前、リビングの椅子に座り1枚のハガキを見入っていた。このタイミングで同窓会の通知なんて、何か見えない力が働いて、自分を試されているみたいだった。

 駿介との出会いは私の人生の大切な宝物として、今では過去は過去として受け止めていると思っていた。たとえ今、駿介が目の前に現れても、懐かしい目で平気に微笑んでいられると思っていた。


 なのに、このハガキを見た瞬間、思いがけない動揺が全身を駆け巡った。

 “咄嗟の時に本性が現れる”ってこういうことかもしれない。普段は理性に隠されていて自分自身も気づいていないが、不意打ちにあった時、瞬時に飛び出すのは、本当の心。

 過去の記憶の中の人と思っていた駿介は、記憶の中の人だけではなかった。今もここ、この瞬間、この胸の中にいるのだと思い知らされて愕然とした。


 私は記憶の外の駿介を知らない。あの日から駿介の知らない私の人生があったように、私の知らない駿介の人生もあった。私がそうであったように、駿介も感傷にふける暇なく時を駆け抜けてきたはず。あの若き二人の日々は、どこにでもある青春の一ページに過ぎない。

 それなのに、どうして私の心は今もまだあなたを追いかけているの…?


 しあわせが大きかった分、駿介との別れは、大きな挫折、苦しみであったけれど、それも私の人生で必要だったことと今では思える。

 人は、深い哀しみを経験した分、もっと強く、もっと優しくなれる。人を憎むことは自分自身に毒を吐くことと同じだと、身を持って経験した。駿介を憎み恨んだ時期は、自分で自分をも傷つけていた。


 この世は学びの場だとつくづく思う。彩り豊かで色々あって、喜んで、笑って、苦しんで、もがいて、楽しんで、笑って、悲しんで、泣いて、それでいい。それでこそ人生なんだと思う。

 何も持って生まれてこなかったように、私はもうすぐ、何も持たずにこの世を去る。このあなたへの思いがどこからきてどこへ行くなんてもう考えなくていい。考えても答えは出ない…


 私は、天から舞い降りたようなハガキをゴミ箱に捨てた。



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