ー青山駿介 記憶ー
穏やかな春の日。青い空と薄い白い雲。そよぐ柔らかい風に時折舞う桜の花びら。
「坂の上ホテル」に続く坂道に差し掛かる手前で左に曲がり、久しぶりに海岸に出た。久しぶりといっても数ヶ月前とか数年前とかではなく、若い頃訪れそれきりになっていた。過去を封印しようとしていた訳ではないけれど、全身で遠ざけていたのは確かだと思う。遠い昔の話。
置き去りにされた思い出は今もそこにあるのだろうか…
『どんなに深い哀しみでも時間は確実に癒してくれる』なんて、それに似た言葉が本やネットやそこら中にあふれているが、本当にそうなのだろうか。確かに時間が解決してくれることも少なくない。しかし、本当のところは、哀しみを癒してくれるのではなく、ただその状況に慣れさせてくれるだけではないか。哀しみは哀しみとしてずっとそこに在り、ただ時間の中に埋もれていくだけなのではないだろうか。
かつて、愛する人をひどい仕打ちでどん底に突き落とした。それは拭い去れない事実として、僕の心の奥底に鎮座することになった。罪悪感、後悔、無力感、形のないひどく重いものを引きずっているようだった。罪を感じ続けることが償いになるのかもしれないと思いながらも、弱かった僕は、神を呪い、運命を呪い、自分を呪い、君に愛された自分を捨てた。時として哀しみは与えた方に強く圧し掛かかる。
あれから20年以上経ち、君は元気にしているだろうか。
しあわせに生きてきただろうか。
この地球上のどこかできっと頑張って生きている君がいる。その存在が、僕をずっと救い続けてきた。きっと君がそうしているように、だから僕も強く生き抜かないといけないと思っていた。
もう二度と会うことはないだろう。しかし、「もしかして」というささやかな期待は、輝く小さな宝石を持っているようで心を躍らせた。
キラキラ光る海のこちら側で、幼いきょうだいが小さな手で砂の山を作っている。少し離れて見守る母親の温かい視線。天に響き渡る澄んだ子供の笑い声。静かに打ち寄せる波の音。目を閉じれば心も寄せては返す。時間がもどる。君と過ごしたあの頃が天から降ってくる。甘酸っぱい果実の色をした淡くも強烈な記憶。
香梨とよく来たこの海岸。
変わらないものがないこの世の中で、ここだけ時間から外れているようだった。
香梨は今日、来るのだろうか…