表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

ー青山駿介 記憶ー

 穏やかな春の日。青い空と薄い白い雲。そよぐ柔らかい風に時折舞う桜の花びら。


「坂の上ホテル」に続く坂道に差し掛かる手前で左に曲がり、久しぶりに海岸に出た。久しぶりといっても数ヶ月前とか数年前とかではなく、若い頃訪れそれきりになっていた。過去を封印しようとしていた訳ではないけれど、全身で遠ざけていたのは確かだと思う。遠い昔の話。

 置き去りにされた思い出は今もそこにあるのだろうか…


 『どんなに深い哀しみでも時間は確実に癒してくれる』なんて、それに似た言葉が本やネットやそこら中にあふれているが、本当にそうなのだろうか。確かに時間が解決してくれることも少なくない。しかし、本当のところは、哀しみを癒してくれるのではなく、ただその状況に慣れさせてくれるだけではないか。哀しみは哀しみとしてずっとそこに在り、ただ時間の中に埋もれていくだけなのではないだろうか。


 かつて、愛する人をひどい仕打ちでどん底に突き落とした。それは拭い去れない事実として、僕の心の奥底に鎮座することになった。罪悪感、後悔、無力感、形のないひどく重いものを引きずっているようだった。罪を感じ続けることが償いになるのかもしれないと思いながらも、弱かった僕は、神を呪い、運命を呪い、自分を呪い、君に愛された自分を捨てた。時として哀しみは与えた方に強く圧し掛かかる。


 あれから20年以上経ち、君は元気にしているだろうか。

 しあわせに生きてきただろうか。

 この地球上のどこかできっと頑張って生きている君がいる。その存在が、僕をずっと救い続けてきた。きっと君がそうしているように、だから僕も強く生き抜かないといけないと思っていた。

 もう二度と会うことはないだろう。しかし、「もしかして」というささやかな期待は、輝く小さな宝石を持っているようで心を躍らせた。


 キラキラ光る海のこちら側で、幼いきょうだいが小さな手で砂の山を作っている。少し離れて見守る母親の温かい視線。天に響き渡る澄んだ子供の笑い声。静かに打ち寄せる波の音。目を閉じれば心も寄せては返す。時間がもどる。君と過ごしたあの頃が天から降ってくる。甘酸っぱい果実の色をした淡くも強烈な記憶。


 香梨とよく来たこの海岸。

 変わらないものがないこの世の中で、ここだけ時間から外れているようだった。


 香梨は今日、来るのだろうか…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ