第333話 大人の時間 3
「徳本さんと出会ったのは、もう二十年以上も前の話ね」
酒を一口飲み女性は徳本との出会いを話し出す。
「私は当時まだ新人のキャバ嬢だったわ、いつも頑張ってお客さんの相手をするのに精一杯だったの」
「あたしもその時はまだ新人だったわ、同じように精一杯頑張ってたわね」
隣に座るオネエも当時の事を思い出し懐かしそうに言う。
「でもね、頑張るのは良いけど手を抜く方法を知らなかった私はいつも空回りしてお客さんに迷惑を掛けてしまう事も多かったわ」
「確かに初めての時ってどうしても頑張り過ぎてしまうのよね」
「それで私は中々結果が出せなくて店に迷惑も掛けて本当にこの仕事を続けて良いのかなって思ったの、そんな時に当時のママが私をこの店に連れて行ってくれたわ、そこで私は徳本さんに会ったの」
「彼にか?」
「ええ、その時はただママが彼と楽しそうに話していただけで私は特に何もしなかったけど私にカクテルを出してくれた時に言ってくれた一言は今でも覚えてるわ」
「彼は何と言ったんだ?」
「頑張る事が全てではない」
カクテルを飲みルーグの問いに女性はそう答えた。
「何となく見抜かれていたのかもしれないわ、私が頑張り過ぎていた事に」
「あら、言葉は少ないけど、とっても素敵ね」
「そう、たった一言だったけど、その時の私はそのたった一言にどこか救われた気がしたの」
「そうでしたか、あの時何気なく言った言葉が誰かを救えていたとは、世の中何がきっかけになるかわからないものですね」
「ええ、二十年以上経つと何もかも変わっていってしまうわ、私自身も、でもあなたはずっと変わらずにいてくれるからこの夜の街の未来も安心できるわ」
「変わらずにって、まさか」
「あなたも人間じゃないんでしょ?」
「!!?」
女性の問いにルーグは目を見開く。
「さすがにわかるわよ、人間が二十年以上経っても当時と何も変わらないなんて有り得ないもの、私も今の立場になる前にママから教えてもらったわ、徳本さんが人間じゃないって事も、徳本と言う名前が偽名だと言う事も」
「それじゃ」
「もちろん、あたしも知ってるわよ」
オネエがウィンクをしながら答える。
「まあ、長い付き合いになると隠しきれないものですからね」
「しかし、人間じゃないとわかってもあなた方は恐怖とか感じないのか?」
「確かに、普通ならそう言う反応よね、でもここは夜の街、何が起きるか全く予想できない街、 人じゃない何かがいても別に不思議じゃないわ」
「そうよ、いたとしても一時の夢みたいなものよ」
「・・・・・・隠す必要はないか、確かにあなた達の言う通り、私達は人間じゃない、かと言ってこの世界で何かをするつもりもない、ただ何となく興味があったから来ただけだ」
ルーグは自分達の事をこの世界の人間に初めて話す事にした。
それを聞いた女性もオネエも特に驚く事なく聞いていた。
「やっぱりね」
「徳ちゃんの知り合いだから何となく普通の人じゃないって思ってたけど、それよりこの世界って言ってたけど、あなた達は別の世界にいるって事?」
「その通りだ」
「最近若い子達がよく読んでいる小説に出て来る、異世界ってものかしら?」
「それで間違いない」
「あらびっくり、じゃあもしかしてそっちの世界にも人間がいるのかしら?」
「いる、だがこちらの世界の人間と比べると明らかに劣っている」
「へえ、でもそっちの世界だと魔法とかってあるんでしょ? こっちの世界にはなくて羨ましいわよ」
「確かにあるが、それでも私からすればこの世界の方が便利で良いと思うぞ」
「お互いにお互いにないものが魅力的に見えるって事かしらね、面白いものね」
「この世界に来てつくづく思う、この世界の人間達とならば我々は共に生きても良いと思っている」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、こっちの世界でも人間同士の醜い争いってのはいっぱいあるわよ」
オネエがグラスに入った酒を一気に飲み干して言う。
「そうよね、些細なきっかけから取り返しのつかない事になるなんてよくあったわ」
「それでも、戦争なんてバカな事はしないだろう?」
「戦争って、やっぱりそう言う感じの世界なのね」
「戦争は何も生まない、ただ虚しさが残るだけ、だから今の人達は二度とそうしないように頑張ってるのよね」
「そう言う判断ができるから私はこの世界の人間とならと考えてしまうんだ」
「そうですね、確かにこの世界の人間とならきっと我々はそれなりに良い関係を築けると思いますね」
今まで黙って聞いていたイゴールが会話に入るのだった。
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