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禁書との出会い

 本日中にはすべて更新予定の全五部構成の短編です。


「ガルム君! 見たまえ!」

 俺の名前を呼ぶ男は、右手に奇妙な本を持っていた。

 見る限り禍々しいという単語をそのまま当てはめた模様の表紙が入った本だった。

「ジョージさん。その本は何ですか?」

「魔術書だよ! とうとう手に入ったんだ! 闇市を毎日見て回った苦労がとうとう報われたのだよ!」

「魔術書って、例のネクロノミコンですか? 確か作者は……」

「おっと、それ以上は言ってはいけない。創作だの妄想だのそういった夢を壊す言葉は聞き飽きた!」

 いつも細目のジョージさんは、今日ばかりは目を開き、輝かせていた。

「わかりましたよ。で、その魔術書は何ができるんですか?」

「解読に時間がかかるものが多い。しかし、最初の頁のこれなら可能だ」

 そう言ってジョージさんは本を開いて何かを唱える。この世界の言語とは思えない単語を並べ、最後の単語は一番力を入れる。

 すると、目の前の机に置いてあった紙が、少しだけ燃えた。

「えっ!」

「どうだね! 魔術書は存在したんだ! そしてこれはその証明なんだよ!」

 俺たちは踏み込んではいけない場所に、一歩踏み込んでしまった瞬間だった。


 ☆


 小さな村の小さな研究所に俺は働いていた。

 表向きの研究内容は化学。油の必要の無い発光する機器の研究を主体として活動をしているが、裏向きでは魔術の研究を行っている。

 俺はその魔術の研究を隠蔽するための壁役となって、表向きの研究を日々考えていた。

 裏向きの魔術の研究は上司のジョージさんが行い、客との打ち合わせなどが無い日はジョージさんの助手として、魔術の研究も行っていた。


 こうなったのも、近年どこかの作家が小説を発行し、それが話題となってしまった。俺もどんなものかと読んでみたが、想像できないほど恐ろしい生物や精神的苦痛を味合わせる異常現象などが多く、読み切ることはできなかった。

 ジョージさんは逆にその世界観の虜となって、魔術の研究をし始めたのだった。


「あきらめなくて良かったと、今日ほど思ったことはない!」

「そう……ですね」

 正直驚いている。目の前の紙が一瞬燃えた。火はすぐに消えたが、紙にはしっかりと燃えた跡が残っていたのだ。

「さあ、実物を目の当たりにして興味を持ったかね! ガルム君!」

「驚きが続いているため、なんと言えば良いのかわかりませんが……」

「無理もない。私も初めて使ったときは驚いて腰を抜かしてしまったよ」

 笑いながらも腰に触れるジョージさん。転んで痛めたのだろうか。


「腰を治す魔術……そんなのも書いてあるんですかね」


 ほんの冗談だった。その一言が、ジョージさんの闘志に火をつけてしまった。

「なるほど! 腰にかかわらず、何かを癒す魔術は無いか探してみよう!」

 そう言って、本を数頁めくり、俺には読めない文字をジョージさんは流し読みする。理解しているのだろうか。


「これは全てを読めないが、雰囲気を察するに何かを呼び出す魔術か」

「やめてください。もしあの物語の生物を呼んだら、騒ぎになります」

「わかっているさ。あー、これは求めている物に近いかもしれない」

 そう言って俺にページを見せるが、もちろん読めるわけもない。ジョージさんは指をさして、何語かわからない文の説明をし始める。

「これは痛み、または苦痛を表す。そしてその否定の単語がここに書いてある。つまり痛みを抑えると解釈して良いだろう」

「そう……なのですか?」

「では早速実行しよう」

 そう言ってジョージさんはまた何語かわからない言語を唱える。


「お、おおお、おおおおおお!」


 先ほどまで曲がっていたジョージさんの腰が、徐々に真っすぐに戻っていく。

「え、痛みは減ったのですか?」

「ああ、全然痛くない……むしろどこまでも曲げられるほど体が柔らかくなったぞ!」

「そうなのですか?」

「ガルム君もやってみるかね!」

「い、いえ、俺は結構です」


 年齢で言えばジョージさんは三十代後半。日ごろから運動をしていれば可能だろうが、常に研究をしている所為で筋肉は衰えているはずだ。

 それなのに、それを感じさせない俊敏な動き。これは本当に魔術の本なのだと改めて理解したと同時に、若干の恐怖もあった。

 俺の知る限り、その物語の登場人物はすべて恐ろしいもので、人間の精神から破壊する神や、無差別に喰らう生物などが多数登場する。そんな怪物をこの本から呼び出すことができるかもしれないと思うと、不安が止まらなかった。


「ジョージさん。お願いしますから、生物等を呼び出すことはやめてください」

「わかっている。私もあの小説を読んだ。そして恐怖を覚えた。私の興味があるのは魔術であって残虐非道の行為ではない」

「なら良いのですが……」

 嘘は言っているようにも見えなかった。だが、少なくともこの文字を読めるのはこの周囲でジョージさんだけ。本人が問題を起こさない限りは大丈夫なのだろう。

 そう考えこんでいると、ドアからノック音が聞こえ始めた。

「誰だね! 忙しいのだが!」


『マリーよ。開けて良いかしら?』


「なっ! ガルム君! 今日は彼女が来る日だったかね!」

「ああ、そういえばそうでした」

「ちょっと待ちたまえマリー殿! 今片付けるのでな!」


 ジョージさんの言葉も虚しく、ドアは開き始める。

 いつ見ても驚くほどの美しい女性が立っていた。紫色の長い髪が輝き、白衣がとても似合っている知的な女性が顔を出し、俺たちに微笑み始める。

「いつ来ても片付いていないでしょ? 入るわよ」

 透き通った声が俺たちに響く。

 ジョージさんを見ると、硬直していた。そう、ジョージさんは彼女に惚れているのである。

「ガルム。お弁当持ってきてあげたわよ。感謝しなさいよね」

「ありがとう、姉さん」

 そして彼女は俺の姉である。ただし血は繋がって無く、幼いころに両親の再婚で姉弟となった。


「ジョージも、いつもジャンクフードばかりではなく、毎日野菜を食べなさいよね……て、ん?」

 ジョージさんをジロジロと見る姉さん。

「ど、どうしたのかね?」

「身長伸びた?」

「何を言っているのかにぇ! そんにゃ事ある訳がにゃいだろう!」

 噛み噛みである。この光景は今に始まったことではない。


「ふーん、まあいいわ。姿勢が良く見えたからかしら。そのほうが格好良いと思うわよ?」

「ふ、ふん! たまにはーその、背筋を伸ばすのも悪くはにゃいと思ってな!」

「そ。それで、今月の研究結果は上がったの?」

「もちろんだとも! なっ! ガルム君!」

「これです。姉さん」

 姉さんに資料を渡すと、それに目を通す。その姿もまた可憐で、姉で無ければ俺も将来を考えただろう。

「ふーん、摩擦により物体は磁力を帯びると仮定し、その磁力を取り出せれば発光物体を作り出せる……」

「理想は空気が乾燥していればさらに効果的なのが分かったよ。冬になるとその磁力を帯びる現象が強まるんだ」

「それを学会で発表するには、いまいち説明に欠けるわね」

「うう」


 相変わらず厳しい評価である。

 姉としていつも厳しく接してくれているのか、それとも研究者として厳しく接してくれているのかは不明だが、それでも確実な答えをいつも出してくれている。

「ジョージはこの現象について補足は無いのかしら?」

「あ、ああ。この摩擦から得られる物体は、目には見えない。だからこそ今後の研究には資金と道具が必要だと」

「どんな道具?」

「……鉄と」

「鉄ならあるわよ?」

「……銅と」

「鉄と銅、二つ準備する理由は?」

「……異なる物質によりー」


 相変わらず厳しい姉である。

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