(20)
「――」
晶は黙ったまま、またすぐに前を向くと、「ガツガツ」と足早に前を歩き始めた。
七海は少しの間、呆気に取られてその場に立ちすくんでいたが、慌てて晶の背中を追いかけ始めた。
(――俺のこと、見てるみたいって)
さっき、晶が自分の方を振り向いて少しだけ微笑んだ表情が、残像のように七海の頭から離れない。
晶は自分と初めて会った時から、自分が「ツラい思い」をしてきたことを察していたのだろうか、と七海は思った。
魔法使いのカンでも、それこそ子どものようなカンでもなく、同じ「ツラい思い」をしたもの同士が感じる「何か」を感じていたというのだろうか。
だから、願い事を言った時に、「お前、思ったよりも面白そうなヤツだな」とか「お前、結構骨のあるヤツみたいじゃねーか。気に入った!」と言ったのだろうか……。
「――あの」
七海は必死について行っている晶の背中に話しかけた。「あの、さっきの『俺のこと見てるみたいだった……』って、どういう意味ですか?」
「お前、マジでイライラするな! 何でもかんでも訊くんじゃねーよ。ちょっとは自分の頭で考えてみろよ!」
「一応、考えてはみたんですけど、それで合ってるのか知りたくて……」
「あっ、そう。じゃあ、それで合ってんじゃね? そういうことにしとけよ」
晶はさっきよりも早足になって、どんどん先を歩いて行く。
七海は晶の背中をついて行きながら、やっぱり自分の考えた通りで合っていたんだ、と思った。
七海は息を切らしながら、また涙を零した。
そして、さっき振り返った晶のように、少しだけ微笑んだ。
七海と晶がしばらく黙って歩いていると、突然、前を行く晶が立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「いや、とうとう出てきやがったなって思ってさ」
晶が「やれやれ」とでも言いたそうな表情の先には、「通行止め」とまがまがしく書かれた標識とバリケードがあった。
「えっ? ここ、通行止めになってるんですか?」
ここはさっきのランドマークの橋を渡って少し歩いた先にある、N市でも有名な繁華街の道路だった。
大きな郵便局や銀行の本店・大学があったりして、通勤通学の時間帯にはかなりの人や車の行き来がある場所だ。
そんな通行量の多い場所で通行止めとは……。
一体、何があったのだろうかと思って七海は周りをキョロキョロと見渡したが、特に事故があった形跡や工事をしているといったような形跡はない。
ただいきなり、それこそ降ってわいたかのように、通行止めの標識とバリケードと数人の警備員がポツンといるだけだった。
「やっぱ、強力だよな、そうだよな」
晶が「通行止め」の標識をジッと見つめながら言った。
「強力って、何がですか?」
「俺にかかっているヤツだよ。あれ、絶対に俺と母さんを会わせないつもりなんだぜ、まったく」
七海は信彦とあかねが働いているワイナリーに行こうとした時に、あからさまに行く手を阻むようにアーケードが現れたり踏切がずっと閉まったままになったり木が倒れたりしていたことを思い出した。
晶が母親を生き返らせるために引き合いに出した、「母親と二度と会えない」という条件。
つまり、この目の前に立ちはだかっている通行止めの標識とバリケードは、晶を母親に会わせないためのものなのだろうか。
「でも、あの親戚の人たち、堀之内さんとお母さんが絶対に会えないのに、どうしてお母さんを人質にして堀之内さんをおびき出すようなことしたんですか?」
「だって、あいつら、俺が母さんと会えないことになってるなんて、知らねーんじゃないの?」
「えっ? そうなんですか?」
「そーだよ。俺がビルの中でしか魔法が使えなくなったから『魔法使いの禁句』を犯して母さん生き返らせたってことは知ってるだろうけど、俺はあいつらに一言も『生き返った母さんに会えない』なんて言ってねーし。大体、そんなこと話すほど交流も何にもないんだよ。俺、あいつらのことが大嫌いだし、あいつらも俺のこと大嫌いだし。ったく、嫌われるようなことしたのは、あいつらだっていうのにさー、勝手だよな」
「――すみません」
立ち止まって話している七海と晶に気付いて、警備員が声をかけてきた。「ここから先、通行止めなんです。すみませんが別の道を……」
「でも、この先の神社で7時に待ち合わせしているんです。何とか通れませんか?」
七海がダメ元でもと思って言うと、警備員は無表情のまま首を横に振った。
「すみません、別の道に行ってもらえますか?」
警備員の同じような答えの繰り返しに、七海は隣に立っている晶を見上げた。
晶はふてぶてしい表情で、七海の方に視線だけチラリと向けた。
「――別の道、別の道って言ったって、どうせ、別の道だってこんなもんなんだろ?」
晶は左手に持っていたグラジオラスの花束を、徐に右手に持ち替えた。
そして、警備員にふてぶてしい目線をチラリと投げかけると、突然左手で空の一点を指さして「あっー!」と大きな声を上げた。
「えっ?!」
数人の警備員と七海が、驚いた表情で一斉に晶が指さした方向を見た。
(――えっ? 何があったの?)
七海が必死になって晶が指さした先を見ていると、いきなり誰かに手首を「グッ」と強く引っ張られた。
七海が手首の引っ張られた方を向くと、晶が自分の手首を引っ張りながら、目の前の通行止めの標識とバリケードを足で思いっきり蹴っているところだった。
「おい、走れ!」
晶は七海の手首を引っ張ったまま、蹴って倒したバリケードを飛び越えて走り始めた。
七海も晶に引っ張られるような形で走り始めた。
警備員が走り始めた七海と晶の姿を見て、「ちょっと、ちょっと!」と慌てた表情で言っていたが、二人は構わずに道路の上を必死に走って行った。
「何でお前まで、俺が指さした方向見るんだよ?」
晶が走りながら七海の方とチラリと見た。
「だって、突然叫ぶから、ビックリして……」
「お前ってさあ、本当に……、ああ、ヤバイ!」
走っている二人の目の前に、いきなり街路樹の枝がバサバサと落ちてくる。
特に強い風も吹いてないし、伐採した形跡もないのにと、七海は目を丸くした。
「何なんですか? これ?」
「俺を神社に行かせないようにしてるんだよ!」
晶は落ちてきた枝を足で蹴散らすと、再び走り始めた。




