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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
92/105

(19)

「そうです、『ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか』ってどういう意味なんでしょうか? ずっと気になっていて、ずっと訊きたかったんですけど、ずっと訊くタイミングを逃しちゃって……」

「ノブさんの言った言葉、そのままの意味だろ? 何でお前、わかんねーんだよ?」

 晶が七海を見下ろしたままアッサリと言ったので、七海は何となく拍子抜けしたような気持ちになった。

「えっ? だって、そんなのわからないですよ。堀之内さんはノブさんが言った言葉の意味、わかるんですか?」

 七海が言うと、晶は何故か「ムッ」とした表情をした。

「そっちこそ、何でわかんねーんだよ?」

「えっ? どうしてそこで怒るんですか?」

「怒るって言うか……。何て言うか、お前見てるとイライラするんだよな、そういうところ」


 晶は言うと、再び七海に背を向けて「ガツガツ」と足早に歩き始めた。

(――お前見ているとイライラするって)

 七海は晶の背中を見ながら、ショックを受けた。

「そんな……、ひどいです」

 七海が晶の後を必死について行きながら、また泣きそうな表情をした。「確かに私、お姉ちゃんみたいに勉強も出来ないし運動も出来なくてトロいし、堀之内さんみたいに容姿も良くないから、見ていてイライラする気持ちもわかりますけど、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」


「お前、さあ!」

 晶は立ち止まると、勢いよく七海の方をくるりと振り返った。

 七海は晶の怒った表情を見て、思わず「はっ、はい!」と硬直してしまった。

「お前、さあ! 俺、そんなこと一言も言ってねーじゃん! お前が勉強できないとかトロいとか容姿が良くねーとか、そんなことなんてどうでもいいよ。大体、俺は優しいからそんなことでイライラなんてしないんだよ!」

「じゃあ、何なんですか? 今、怒ってイライラしてるじゃないですか? どうしてですか?」

「ああ、怒ってるよ、イライラしてるよ! お前だけじゃなくて、今まで本屋のバイトに来た奴らにもイライラしたよ! お前もあいつらも何なんだよ! まったく。特にお前だよ! お前、俺が『姉ちゃんに縛られないで生きようとか、思わねーのかよ?』って言った意味がわかんねーって言ったよな?」

「はっ、はい、言いました」

 七海は晶の勢いに思わず後退りしてしまった。


「あれはそのままの意味だよ! 何で意味わかんねーんだよ。お前、俺と違うだろ? 俺は母さん生き返らせたから、ビルの外に出られなくなったけど、お前なんて別に自由じゃん。ビルの外に出たって親戚にも襲われないのに、何で勝手に姉ちゃんに縛られて生きてるんだよ? 

 確かにあの金子の妻ってヤツを恨む気持ちもわかるけどさ、恨んだって何にもなんねーだろ? 姉ちゃんのこと悲しむよりも誰かのことを恨むよりも、もっと違うこと考えらんねーのかよ? そうやって根本的に考え方を変えようとか思わねーのかよ? 『その内』に金子の妻ってヤツが不幸になるのが待てないって言うのだって、待ってないで考え方を変えれば『その内』なんて『すぐ』にでも何にでもなるんだよ! 

 もったいないんだよ、ビルの外に出られるのに! 何でもやろうと思えば何でもできるのにさ、考え方なんて変えようと思えばいくらでも変えられるのにさ、もったいないんだよ! そういうところがイライラするんだよ!」


 晶はまた七海に背中を見せると、「ガツガツ」と早足で歩き始めた。


 七海は晶の言葉を聞いて、少しの間、身動きすることもできなかったが、晶の背中がどんどん遠くなるのに気付いて慌てて駆け足で後を追いかけた。


「――すみません」

「お前、何で泣いてんだよ?」

 七海が掌で目を拭いながら言うと、晶が後ろを振り返らずに言った。

「何で、泣いているってわかるんですか?」

「声聞けば、わかるさ」

「すみません……」

「何で謝るんだよ?」

「すみません、だって、私、堀之内さんの気持ち、やっぱりわからなかったんだなって……」

「別にお前に俺の気持ちなんて、わかってほしくねーよ」

「堀之内さんが、そこまでツラい思いしてビルの中にいたなんて、わからなかったんだなって……」

「何だ、それ。俺、ツラいなんてひと言も言ってないじゃん」

「でも、ツラかったんですよね? 私とか他のバイトの人にイライラするくらい」

「まあ、イライラしたよ。あいつら、願い事のこと言った途端に、『アラブの石油王と結婚したい』とか『100億円ほしい』とかつまんねーこと言いやがって。自分がアラブの石油王になって100憶稼げばいいだろうに。そう考えねーのかよ、まったく。でも、お前は……」

 晶はふと歩みを止めた。


「はい?」

 七海も歩みを止めて、晶の背中をジッと見つめた。

「でも、お前は『誰かのことを不幸にしたい』って、今までの奴らとは全然違ったんだよな。見た目なんてまるで子どもみたいなのにさ、目が真剣だし、『何言ってんだ、こいつ』って思ったよ。面白いヤツだなって。何か、俺のこと見てるみたいだった……」

「えっ?」

 七海が驚いたような声を上げると、晶は七海の方を少しだけチラリと振り返った。

 一瞬だけ見えた晶の顔は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。

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