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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
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(18)

 良く見ると、川面を見つめている表情は少し微笑んでいるようにも見えた。


 ビルの外に出られない晶にとっては、こんな「川を見る」というだけの行動も新鮮なものなのだろうか。


「――あの、やっぱり、ずっとビルの中にいなくちゃいけないのって、ツラいですよね?」

 七海が水面に視線を戻しながら言った。

「はあ? 何でいきなりそんなこと訊くんだよ?」

「だって、私は毎日のように川を見ながら通勤してるけど、堀之内さんはこの川なんて滅多に見られないんですよね? ビルの外に出ると魔法が使えないから、少し外に出ただけで親戚の人が誘拐しようとするし……。今、川を見ながらちょっと笑ってたから、こういう何気ない風景がすごく新鮮なのかなって思って」

「お前さあ、何、のん気なこと言ってるんだよ? もしかすると、今にでも俺の親戚が襲ってくるかもしれないんだぜ?」

「えっ?!」

 七海が慌てて周りをキョロキョロすると、晶は笑いだした。

「冗談だよ! あいつらは俺が神社に来るまでは何も手出しして来ないだろうな。俺がのこのこ神社に来るのを分かってて、ムダに魔力を使おうとはしねーよ。あいつら、俺みたいに魔力強くねーし」

 晶の言葉を聞くと、七海は思わず気が抜けて、欄干にもたれかかってしまった。

「もう! 脅かさないでくださいよ!」

 晶は頬を膨らませた七海を見て、「してやったり」とでも言いたそうな満足気な表情を見せた。


「まあ、確かにお前の言う通りかもな。ビルの外に自由に出られるお前に、久し振りにビルの外に出た俺の気持ちなんて、わかってたまるものか!」


 晶は笑いながら、さも何でもないような軽い口調で言った。


 七海は晶のこの言葉を聞いた途端、まるで胸に何か鋭いものを刺されたかのような痛みを感じた。

 何て、重い言葉なのだろうか。

 もちろん、晶はこの言葉を何気なく、それこそ冗談として言ったのかもしれない。

 でも、七海には「冗談」として受け止めたり、受け流せる言葉ではなかった。


 七海はふと、自分が姉の六華むつかの話をした時、帰り際に信彦が言った言葉を思い出した。


 ――ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか。


 七海にはこの信彦の言った言葉の意味が、未だにわからない。

 信彦がこの言葉を言う前に、晶が「根本的に考え方変えてみようとか、思わねーのかよ? 姉ちゃんに縛られないで生きようとか、思わねーのかよ?」と言った意味も、未だにわからない。

 もしかすると、二人の言葉の意味が分からないのは、さっき晶が言った通り「久し振りにビルの外に出た俺の気持ち」なんてわからないからなのだろうか。

 もちろん、ビルの外に出られないのが不便だとか不自由だとか、そう思うだろうという気持ちはわかる。

 でも、「不便」とか「不自由」とか、それ以外にも晶は何かを感じているのかもしれない。

 その感じている「何か」がわからないから、自分は晶や信彦の言った言葉の意味がわからないのだろうか、と七海は思った。



「何だよ、お前、今度は急に黙りやがって」

 晶はいつものふてぶてしい表情でふてぶてしく訊いてきたが、七海は今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「だって、私、本当に堀之内さんの『気持ち』がわからないなって思って」

「何だ、それ? 別に人の気持ちなんてわからなくてもいいじゃねーか。さっき言ったのだって、別にお前に俺の気持ちがわかってほしくて言ったわけじゃねーよ」

 晶はふてぶてしい表情のまま七海に背を向けると、そのまま「ガツガツ」と歩き始めた。


「だって、わからないと、あの言葉の意味もわからないかと思って……」

 七海は慌てて晶の後ろ姿を追いかけながら言った。

「何だよ、『あの言葉の意味』って?」

「ほら、前に私のお姉ちゃんの話をした時に、堀之内さん言ったじゃないですか? 『根本的に考え方変えてみようとか、思わねーのかよ? 姉ちゃんに縛られないで生きようとか、思わねーのかよ?』って。あの言葉の意味ですよ」

「あれかよ? 別にわからないならわからないままでもいいんじゃね?」

 晶は後ろを振り返らないまま、ガツガツと先を歩いて行く。

 七海は晶の後をついて行くだけで精いっぱいだったが、一生懸命、次の言葉を繋げた。

「その後に、ノブさんも言ったんです。『ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか』って。その言葉の意味もよくわからなくて……」


「『ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか』」


 晶は急に立ち止まると、信彦が前に言ったセリフを独り言のように呟いた。

 晶がいきなり立ち止まってしまったので、七海は晶の背中に軽く激突してしまった。


 七海が晶の背中にぶつかった額に手を当てながら顔を上げると、ちょうど後ろを振り返った晶と目が合った。

 晶のビー玉のような瞳の中に、七海の顔が写っている。

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