(16)
(――そんな)
七海は立ち止まったまま、ただ遠ざかって行く晶の後ろ姿を呆然と見つめていた。
まさか、これ以上ついて行ったからと言ってこの橋から突き落とされることもないだろうが、ここから一歩でも前を歩き出したら、晶が「帰れ!」と言うのは目に見えている。
(――私、このまま大人しく戻らないといけないの?)
でも、仕方ないと七海は思った。
自分が晶の足手まといになるのは確かだ。
それでも、あかねに会える唯一の人間である自分がいれば、晶の役に立つだろうと思ったのに……。
(――本当に私がそばにいれば堀之内さんの魔法が使えるようになればいいのに)
七海は肩を落としながら後ろを振り向き、その場を後にしようとした。
七海は後ろを振り返ると、自分のすぐ後ろに老人が乗った自転車が迫ってきていることにやっと気付いた。
(――ぶつかる!)
七海は思わず叫び声を上げて、瞼を閉じた。
「――危ない!」
橋の方から、晶の声が聞こえる。
七海は晶の声を聞いて、思わず閉じていた瞼を開いた。
七海が瞼を開くと、七海とぶつかるギリギリのところで、老人の乗った自転車がフワリと宙に浮いて行くところだった。
(――えっ?!)
七海が見ていると、スローモーションか何かのようにゆっくりとしたスピードで、老人の乗った自転車が自分の頭上を通り過ぎて行く。
老人の乗った自転車は七海の頭上を通り過ぎると、ゆっくりと下降していき、やがて「トスン」と軽い音を立てながら道路の上に着地した。
道路の上に着地した自転車は、何事もなかったように橋の方へと走って行ってしまった。
「――えっ?!」
七海は我に返ると、思わず辺りをキョロキョロと見渡した。
今、確かに老人の乗った自転車が、宙に浮かびながら自分の頭の上を通り過ぎていった。
(――もしかして、あのおじいちゃん、サーカスの団員とかそういう人なのかな?)
でも、例え本当にさっきの老人がサーカスの団員で曲芸の名人だとしても、あの「フワリ」としたゆっくりなスピードで宙に浮いていくことは不可能だろう。
あの重力を軽々とムシした、それこそ「魔法」のような光景……。
七海は振り返って、晶の方を見た。
晶は多分自転車に向けていたのであろう、突き出していた手を「信じられない」といったような表情で見つめている。
やっぱり、さっきの「魔法のような光景」は晶の魔法の仕業だったんだ……。
「――ほっ、ほら! やっぱりそうじゃないですか!」
七海はなぜか自信タップリと言った感じの声で言うと、晶の元に駆け寄った。
「なっ、何だよ?」
「やっぱり、堀之内さん、『私のそばにいれば』、魔法が使えるんです! これで、三回目ですよね?」
「まっ、まぐれだろ? そんなことあるわけ……」
いつもふてぶてしい晶が弱気な表情をしている。
七海は「もうひと押しだ」と思った。
「じゃあ、今までビルの外で魔法が使えたことって、あったんですか?」
「ねーよ!」
「じゃあ、やっぱり私がそばにいれば、魔法が使えるんですよ! ということで、私、堀之内さんについて行きますから。さっき『お前がそばにいて魔法が使えるって言うんなら連れてく』って言ってましたし」
七海が晶の横に立ってニッコリと笑うと、晶は「勝手にしろ!」と言い、真っすぐ前を見ながら早足で歩き始めた。
七海は慌てて晶の後を追いかけた。




