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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
87/105

(14)

 翌日の朝。

 七海は5時30分には「Tanaka Books」に着いていた。

 でも、「Tanaka Books」の中には入らず、「Tanaka Books」の入っているビルより少し離れた物陰で、ジッとビルの方を覗き見ていた。


 昨日、信彦が持ってきた紙には、「明日の朝7時にH神社まで来い」と書いてあった。


 晶がこの「Tanaka Books」から神社まで、徒歩で行くのか自転車で行くのかタクシーで行くのかはわからない。

 もし徒歩だとすると、ここから神社までは30分弱は掛かる。

 晶の性格からして「5分前行動」とかいう早め早めの行動をするとも思えないが、それでも事情が事情だからビルを何時に出るかわからない。

 晶が何時にビルを出発しても後をついて行けるように、七海は物陰でジッと身を潜めて待機していたのだった。



 しばらくすると、「Tanaka Books」の店のドアが開くのが見えた。

 ドアから晶と信彦が出てくるのを見ると、七海は慌ててビルの物陰の奥の方へ引っ込んだ。

 そして、そうっと物陰から「Tanaka Books」の方を見た。

 信彦は今にも泣いてしまいそうな表情をしているが、晶はいつも通りのふてぶてしい表情をしている。

 服装もいつも通りの「子供っぽい」服装だ。アディダスのジャージにスニーカー、リーバイスのジーンズを履いている。


 ただ、まるでそこだけ別世界のように、晶の手にはグラジオラスの花束が握られていた。


 七海は前に信彦が「グラジオラスの花の名前って、古代ローマで使われていた剣の『グラディウス』から来ているんですよ」、「魔法使いにはグラジオラスの花は『剣』の代わりらしいんです」と言っていたことを思い出した。

 ビルの外に出て魔法は使えなくなるけど、一応は「剣」代わりのものは持って行く、ということなのだろうか。


 七海は色とりどりのグラジオラスの花束を持った晶の姿を見て、こんな切迫した状況だというのに、思わず目を奪われてしまった。

 服装はさすがに子どもっぽくてアレだが、晶の「美青年」という言葉がピッタリくる容姿とグラジオラスの花束が相まって、何とも「絵」になる構図だ。

 七海は何となく、晶と初めて会った時のことを思い出した。

 晶と初めて会った時も、いきなり車から道路に転がり落ちてきた男を発見したと言う状況にも関わらず、晶のビー玉のように輝く瞳に心を奪われたような気がした。


(――どうして、ここで堀之内さんと初めて会った時のことを思い出すんだろう?)

 まさか、晶がどうかなってしまうわけではないのに……と七海は思った。

 晶の親戚の魔法使いが欲しいのは晶の「魔法の継承」であって、晶自身が欲しいとか晶の命が欲しいとか、そういうわけではないだろう。

 最悪、晶の魔法の継承が奪われたとしても、まさか、晶がどうこうなってしまうなんてことはあり得ないはずだ。


 七海がいろいろと考えているうちに、晶はふてぶてしい表情のまま信彦に軽く手を振ると、くるりと背を向けて目的地の神社がある方向へと歩き始めた。

 信彦はその場からずっと動かずに、ジッと晶の背中を見つめている。

 信彦も背中を向けているからどういう表情をしているかわからないが、背中だけ見ても、去って行く晶を心配していることが良く分かった。

(――ノブさん)

 七海には信彦の気持ちが良く分かった。(でも、ノブさんが早くお店に入ってくれないと、私、堀之内さんの後ろを追って行けないんだけど……)

 信彦はかなり長い間、晶の背中をジッと見つめていたが、やがてあきらめたように目元を手で押さえながら店の中へと入って行った。


 七海は信彦が店の中へ入って行ったことを確認すると、慌てて晶の後を追いかけ始めた。

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