(11)
七海が考えながら、再び缶コーヒーに口を付けようとした時、何だか地面が揺れているような感覚を覚えた。
(――あれっ?)
七海は(気のせいだろう)と思ったが、「揺れ」はどんどん大きくなってくる。
(――地震だ!)
しかも、結構大きい地震だ。
七海は(テーブルの下にでも隠れた方が良いかな?)と思って、慌てて身を屈めようとしたが、ふと、部屋の窓の方で「ガチャ! ガチャ!」とガラス同士がぶつかり合うような音が聞こえているのに気付いた。
七海が窓の方に目をやると、さっき自分が(キレイ!)と心の中で声を上げたビー玉の入ったガラスのビンが、左右に激しく揺れていた。
一番中央にあるビンが、まるで吸い込まれるかのように床に落ちて行く。
七海は「あっ!」と声を上げて、慌てて窓の方へ駆け寄った。
七海は必死に駆け寄って手を伸ばしたが、後少しのところでビンは床に落ちてしまい、「カシャン」という音を立てて粉々に砕け散ってしまった。
ビンの中に入っていたビー玉も粉々に砕け散った。
七海は床に散らばったビー玉の欠片を上から見下ろした。
さっき、窓辺の棚の上に置いてあった時は、陽の光に反射して何とも美しい輝きを見せていたのに、割れてしまった今は、まるで別のものにでもなったかのようにくすんでしまっている。
七海は割れたビー玉を見ながら、何とも言えない「恐さ」を感じた。
自分でも、どうしてこんなに「恐さ」を感じるのかはわからないが、とにかくわけのわからない怖さが自分の体を包み込んでいるのがわかる。
(――もしかすると、このビー玉、ものすごく大事なものだったとか?)
地震の揺れはすっかり収まった。
結構大きな揺れだったが、何かしら被害が出るほどの強さの揺れではなかったようだ。
でも、七海は揺れが収まった後も、ビー玉を見つめながら、その場から動くことが出来なかった。
「――おい!」
七海が割れたビー玉を見ながら呆然としていると、晶の声が聞こえてきた。
「あっ、堀之内さん……」
七海が晶の声がした方を見ると、晶が慌てた様子でこっちに走って来るのが見えた。
晶は割れたビー玉の元に駆け寄ると、七海と同じようにビー玉の欠片を上から見下ろした。
「おい、これ……」
「さっきの地震で揺れて落ちてしまって……。すみません、私、床に落ちる前に取ろうと思ったんですけど、間に合わなくて……」
七海は言いながら晶の顔を見て、思わず目を見張った。
晶の顔から、明らかに血の気が引いていた。
あのふてぶてしい晶からは想像も出来ないほど、狼狽して、落胆して、戸惑っている表情をしている。
いつもビー玉のように輝いている瞳も、まるで光を失ったかのように暗くくすんでしまっていた。
まるで、さっき床に落ちて割れてしまった、このビー玉のようだ。
(――どうしたんですか? 堀之内さん?)
七海は晶に話しかけようとしたが、晶があまりにも呆然としてその場から動かないので、声を掛けて良いものかどうかもわからなくなってしまった。
「――晶!」
七海と晶が割れたビー玉の前で呆然としていると、ドアの方から信彦の声を聞こえてきた。
「ノブさん?!」
七海が信彦の方を見ると、信彦は普段の穏やかな表情とは打って変わり、目を吊り上げて慌てた表情をしていた。
「晶、お前、これはどういうことだ?」
信彦は七海と晶の間にしゃがみ込むと、右手で掴んでいた紙を広げて、晶の前に突き出した。
信彦が広げた紙には、こう書かれてあった。
―――――――――
お前の母親を預かっている。
返してほしければ、明日の朝7時にH神社まで来い。
―――――――――
「これって……?」
七海は紙に書かれた文章を見て、思わず声を上げた。
七海が紙の文章を読み終わると、書いてあった文字が段々と薄れて行き、やがて文字が消えてしまった。
後に残ったのは、何も書いていない白い紙だけだ。
ただ、その白い紙からはうっすらとお香のような匂いが漂ってきていて、紙自体が光を帯びているかのようにぼんやりと光っている。
この紙、普通の紙じゃない、と七海は思った。
「晶!」
信彦は晶の肩を掴んだ。「これ、お前の親戚の魔法使いが寄越したものだよな? この間、僕が訊いた時は『知らない』って言ってけど、やっぱり愛美さんは生きていたってことになるんだな? でなければ、どうして、亡くなった人間が誘拐されるんだ? どういうことなんだ?」
信彦は晶の肩を揺さぶりながら、いつもとは違う強い口調で言った。
肩を揺さぶられた晶は、信彦の持ってきた紙を見つめたまま身じろぎもしないし、声を発しようともしない。
ただ紙を見つめている晶のビー玉のような瞳が、ますます光を失って行く。
あのいつもふてぶてしい晶が、こんなにも明らかにショックを受けている表情を見せたのは初めてだ。
「堀之内さん……」
「晶……」
七海と信彦が、同時に晶の名前を呼んだ。
晶はその二人の声が合図だったかのように、ふと動いて信彦の掴んでいた紙を奪い取ると、クシャクシャに丸めて部屋の壁に投げつけた。
クシャクシャになった紙は、壁にぶつかる直前にポッと炎に包まれて、あっという間に灰になってしまった。
灰になった紙が、パラパラと床に落ちて行く。
七海は突然炎に包まれた紙を見て呆気に取られたが、慌てて晶の方を振り向いた。
そして、晶の方を見た七海は、思わず「あっ!」と声を上げそうになった。
晶の瞳は、さっきとは打って変わって光を取り戻していたが、いつもと違う光り方をしていた。
この瞳の色、まるでさっき紙を燃やした炎のようだ、と七海は思った。
「――あいつら」
晶は立ち上がると、炎のような瞳で床に散らばった灰をジッと見降ろした。「あいつら、父さんを追い詰めただけでなく、母さんまで……」




