(10)
「――お前、何やってんの?」
晶に話しかけられて、七海はまた「ハッ」とした。
「いえ! 別に何でもないです!」
七海が晶の方を見ると、晶は3個目のケーキを紙箱から取りだそうとしているところだった。
七海は晶が食べようとしているショートケーキを「美味しそう……」と心の中で呟きながら、良く見ようと体を晶の方に近付けた。
七海が体を動かすと、ふと手がテーブルの上に置いてある晶の缶コーヒーに当たってしまい、缶コーヒーが倒れそうになってしまった。
「あっ!」
驚いた声を上げて、七海が身を屈めながら倒れそうになった缶コーヒーを掴もうとすると、晶が脇から手を伸ばして「ひょい」と缶コーヒーを持ちあげた。
「何、慌ててんだよ? これ、カラだぞ」
七海が「えっ? そうだったんですか?」と顔を上げると、すぐ近くに晶の顔があった。
晶のビー玉のような瞳に、自分が写っているのがわかる。
七海は晶の瞳と見つめたまま、視線を逸らすこともできず、胸をドキドキさせた。
(――やっぱり、何てキレイな瞳なんだろう)
「――お前、さあ」
晶も七海の目をジッと見たまま、ふと口を開いた。「あのこと、ノブさんに言ってないよな?」
「えっ? あのことって、何ですか?」
やっぱり、晶は自分が信彦にあかねさんのことを話したことに勘付いていたのだろうか。
「このケーキくれた人のところに、俺が行ったってこと」
「えっ?」
このケーキくれた人のところって……。
そうか、晶は「ビールを買いに行った」と言っていたけど、本当は「壊れたお守りを届けに行った」ということを信彦に言ったのかどうかを訊いているのか、と七海はやっと理解した。
「言ってないよな?」
「言ってないも何も……。このケーキもらった時、ノブさんもその場にいたんですよ」
「――何だよ!」
七海が言うと、晶は七海から視線を逸らして、悔しそうな表情をした。「せっかくケーキやったのに……。ケーキやるからノブさんにはそのこと黙っとけって言おうと思ったのにさ。俺だって、お前の食べてるケーキ、食べたかったんだぞ!」
今日の晶はヘンに優しいかと思ったら、やっぱり「下心」みたいなものがあったんだな、と七海は心の中でため息をついた。
まあ、「下心」とは言っても、それこそ子どもみたいな「下心」だが……。
「そんな……。別にノブさんにバレたって良いじゃないですか? 何で、そんなに『壊れたお守りを届けに行った』っていうことを黙っていたいんですか?」
「だって、ノブさんが心配するかと思って……」
「コンビニにビール買いに行く方が心配しますよ! たかが、ビール買いに行ったために誘拐されそうになるなんて」
「コンビニなんて近いじゃん。その人の家は遠かったんだよ。そんなに遠出したって知ったら、ノブさんもっと心配するだろ?」
「私を追いかけてビルの外に出た時も、結構遠くまで出ましたよね?」
「あんなん、300メートルくらいじゃんか。それに、お前が男のところに殴り込みに行ってノブさんに迷惑かける方が心配だったんだよ!」
晶は言うと、ソファから立ちあがって部屋のドアの方へと歩き始めた。
「あれっ? どこへ行くんですか?」
「ちょっと、そこの自販機までコーヒー買いに行くんだよ。お前の分は買って来ないからな」
「まだあるから大丈夫です! ありがとうございます」
七海が言うと、晶はふてぶてしい表情をのまま部屋を出て行った。
(――まったく、本当に堀之内さんって、ノブさんのことばっかり)
部屋の中で一人きりになった七海は、晶がくれた缶コーヒーを飲みながら心の中で呟いた。
晶は信彦のことが本当に大好きなんだろうな、と七海は思った。
血は繋がってなくても、本当の肉親のように慕っているのだろう。
でも、そんなに大好きな信彦に、晶はどうして「母親が生きていること」を隠しているのだろうか。
信彦に母親と会えないような魔法をかけてまで、晶は何を隠そうとしているのだろうか。
(――やっぱり、よっぽどの事情があるのかな?)




