(9)
「お前、ケーキどれにするんだよ?」
晶が訊いてきたので、七海は驚いた。
「ケーキ、選ばせてくれるんですか?」
「何だよ、そんなに驚いた表情して……」
「だって、ケーキを食べさせてくれるだけでなく、ケーキを選ばせてくれるなんて、今日の堀之内さん、どうしたんですか? ずいぶん優しいじゃないですか」
「はあ? 俺はいつでも優しいよ。早く言わねーと、何にもやらねーぞ!」
「あっ、じゃあ、その一番端にあったタルト食べたいです! ずっと食べたいと思っていたんです」
「わかったよ、じゃあ、そこ座れ」
晶はソファを指さしながら言った。
七海がテーブルの前のソファの端にちょこんと座ると、晶がその隣に「ドカッ」と座る。
七海は思わず、晶が座った反動で自分の身体が浮いてしまうような感覚を覚えた。
本当にこの人は、座る時まで子どもがソファのスプリングを面白がるかのように座るんだな、と七海は思った。
「――ほら」
晶は持ってきた皿の上に七海が所望したタルトを乗せると、缶コーヒーとフォークを七海に投げて寄越した。
「えっ?! コーヒーまでくれるんですか?」
七海は更に驚いた。
ケーキだけでなく、缶コーヒーまでくれるなんて……。今日の晶はどうしたのだろうか。
「お前、何でそんなにいちいち驚くんだよ?」
「だって、今日の堀之内さん、妙に優しいから……」
「優しい優しいって、さっき言ったろ? 俺はいつでも優しいんだよ」
晶は七海に渡したものと同じ缶コーヒーのプルタグを開けると、紙箱の中から別のタルトを取り出して、そのままかぶりつき始めた。
七海はタルトにかぶりつく晶を見ながら(いや、明らかに今日の堀之内さんは優しいだろう……)と思っていた。
この間、ブランデーケーキにかぶりつきながら「Tanaka Books」の本を自由に読めるスペースに来た時は「これ、俺がもらったもんだからやらねーからな」と言って、ブランデーケーキを後ろ手に隠していたのに。
もしかして、信彦とも自分とも会わずにずっと部屋に引きこもっていたから、人と話すのが久しぶりで嬉しかったのだろうか。
それとも……。
(――まさか)
七海は(まさか、私があかねさんのことをノブさんに言ったのに勘付かれてて、『ケーキ食べたんなら、本当のことを言え!』とか凄まれるんじゃあ……)と思った。
(――もし、そうだったら、どうしよう)
でも、だったらもう観念して正直に言わないと……と思いながら、七海は晶が渡してくれたフォークでタルトのひと口目を口に入れた。
「――わあ、これ、すごく美味しいですね!」
七海は(どうしよう……)と思いながらも、口に入れたタルトの美味しさに思わず感嘆の声を上げて、晶の方を見た。
「ああ、美味いな」
晶はすでに二つ目のケーキにかぶりつこうとしている。
晶が七海の方をチラリと見ると、七海と晶の目が合った。
晶のビー玉のような瞳と目が合った七海は、何故か胸がドキドキして、慌てて晶から目を逸らした。
(――やだ、私ってば、何でこんなに胸がドキドキするんだろう)
七海は何故か自分の顔も赤くなって行くのを感じた。
そう言えば、今まで父親とかそういう人以外の男性の部屋で、男性と二人きりになったことってなかったな、と七海は思った。
二人っきりになったことがなかったからと言って、どうということもないのだろうが、やっぱり胸がドキドキする。
(――何か、こう言う「男女が二人きりで部屋の中にいる」ってシチュエーション、ドラマとか小説によく出てくるような気がする)
自分の好きな「魔法使いジョニー」シリーズにも、こんなシチュエーションが出て来たな、と七海は思い出した。
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国の大切な行事に何も参加しようとしない、放浪癖のあるジョニーを心配して、王女はジョニーの住んでいる家を訪ねた。
このままでは、ジョニーが他の魔法使いや王室の人間に反感を買ってしまうのではないか、と恐れたからだ。
王女は「大丈夫だろう」と思ってお供を誰も連れずにジョニーの家へと行こうとしたが、ジョニーの家へ向かう途中、森の中で道に迷ってしまう。
王女が途方に暮れて今にも泣きそうになっているところへ、愛用のマントを羽織ったジョニーがやってくる。
ジョニーは「僕の家はもうすぐですよ」と言い、王女を自分の家へ案内する。
ジョニーの家に入った王女は慌てて涙を拭うと、ジョニーに「どうして国の行事に参加しないのか?」と尋ねる。
でも、王女がいくら訪ねてもジョニーは静かに笑顔を見せるだけだった。
そして、ジョニーは「王女様はどうしてそんなにムキになるのですか?」と尋ねる。
王女は胸をドキドキさせて黙ってしまった。
王女がムキになっているのはジョニーが国の行事に出ないから、ということもあるが、「国の行事にジョニーが来れば、自分がジョニーと会えるのに」という気持ちもあったからだ。
すっかり黙ってしまった王女にジョニーはまた笑顔を見せると、イスに座るようにすすめて、王女に自分の作った料理を振る舞う。
ジョニーの作った料理を食べて、すっかり心の解れた王女は、ジョニーと国の行事とは関係のない世間話などをして、楽しく時間を過ごす。
やがて、森の中を彷徨って疲れてしまったからなのか、王女はイスに座ったまま眠りに落ちてしまう。
ジョニーは眠ってしまった王女の体に、そっと自分のマントを掛けたのだった……。
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七海はここまで「魔法使いジョニー」の話を思い出して、「ハッ」とした。
これでは、王女に料理を振る舞うジョニーが晶で、ジョニーの料理を食べてイスに座ったまま眠ってしまう王女が自分のようではないか。
(――まさか、私、ケーキを食べた後、ここで眠りに落ちてしまうの?!)
そして、晶はジョニーのマントのように、自分の体にアディダスのジャージを掛けてくれたりするのだろうか。
いや、さすがにそれはないだろう……、と七海は首を横にブンブン振った。




