(4)
翌日の木曜日。
七海がいつも通り「Tanaka Books」でレジ業務や本の整理をしていると、店の奥から「ガツガツ」と大きな足音が聞こえてきた。
「――お腹空いたーっ! ホットケーキ作れよ!」
晶がいつものようにふてぶてしい表情で七海に言って来た。
七海は昨日のあかねのこともあって複雑な気持ちだったが、いつもと同じように「わかりました」と返事をすると、店の奥の給湯室へ行って、いつもと同じようにホットケーキを作り始めた。
(――ノブさん、あかねさんのこと、どんな感じで訊くつもりなのかな?)
信彦は「訊いたところで素直に話してくれる確率は低いですが」と言っていたが、あの晶が信彦に「素直に話さない」ことなんてあるのだろうか、と七海は思った。
晶は七海には「ふてぶてしい」感じではあるが、信彦には相当懐いている。
まあ、亡くなった両親の友だちだし、ただでさえビルの外に出られない晶が唯一頼れる人物だから、懐くのも当たり前のような気がするが……。
晶がそれこそ信彦に「反撥」めいたことを言ったりした時と言えば、晶がなぜかビルの外で魔法が使えた時だけだ。
信彦が「お前、やっぱり、ビルの外で魔法が使えないのがどうしてか知ってるんじゃないのか?」と訊くと、晶は「知らねーよ! ノブさん、それ何度も言ってるだろ? そんなん知るかよ!」と子供のように拗ねた表情で、ムキになって否定していた。
あの時、七海はやっぱり信彦が言う通り晶は「ビルの外で魔法が使えない理由」を知っているのだろうかと思ったが、自分の姉の六華の話をし始めてしまったので、その「ビルの外で魔法が使えない理由」の件は、結局あやふやになってしまったままだ。
晶はどうしてノブさんに「ビルの外で魔法が使えないのがどうしてか知ってるんじゃないのか?」と訊かれた時に、あんなにムキになって否定したのだろうか。
そして、「ビルの外で魔法が使えない」はずの晶が、なぜあの時だけビルの外でも魔法が使えたのだろうか。
七海は頭にいっぱい「?」を思い浮かべながらホットケーキを作り終えると、店の本を自由に読めるスペースで待っている晶のところまで持って行った。
晶は七海の持っているホットケーキを見た途端、ビー玉のような瞳をますます輝かせた。
ホットケーキを見ただけであんなにわかりやすく嬉しそうな表情をするなんて……、七海はやっぱりこの人はまだまだ子どもなんだな、と思った。
「――もう、すげーお腹空いてさあ。昨日、ドクターペッパーとビールしか口にしてねーんだよ」
晶は七海からフォークを奪い取るように受け取ると、ホットケーキを美味しそうに食べ始めた。
「えっ? じゃあ、昨日は飲み物しか口にしていないんですか?」
「そーだよ。だって、昨日、本屋休みじゃん。ノブさんもお前もいないし」
「本屋が休みの日って、いつも飲み物しか口にしないんですか?」
「ノブさんが作り置きとかしてくれるけど、一昨日の夜にお腹空いて全部食べ尽したんだよ。仕事するとお腹空くし……」
「だったら、カップラーメンとか買い置きしておいたらどうなんですか?」
「前、言わなかったっけ? 俺、自分の作ったもの食べると、絶対に吐いちまうんだよ」
まさか、「自分で作ったカップラーメン」ですら吐いてしまうというのだろうか。
自分で作ったカップラーメンですら食あたりなってしまうなんて、それこそ、魔法で呪われているんじゃないのだろうか、と七海は半分呆れた気持ちになった。
「――晶」
七海と晶がやり取りしているところへ信彦がやってきた。
「ああ、ノブさん、おはよう」
晶は信彦に笑顔を向けたが、信彦は妙に真剣な表情だった。
信彦は晶の隣のイスに腰を下ろした。
「晶、実はお前に話があるんだ」
「どうしたんだよ? ノブさん。そんな真剣な表情して……」
信彦の表情に何かいつもと違うものを感じたのか、晶の表情からもスッと笑顔が消えた。
「あっ、あの、私、店の方へ行ってますね」
七海は何でもないような表情をしながら、晶と信彦を残して本を自由に読めるスペースから出て行った。
信彦は多分、今から晶にあかねの話をするのだろう。
七海は信彦に「七海さんがあかねさんに会ったことは、晶には口外しないように」と言われていた。
「僕がそのあかねさんの勤めているワイナリーに絶対行けないようになっているのは、きっと晶の魔法のせいです。七海さんがそのあかねさんのことを僕に話したと知ったら、晶は七海さんにも魔法をかけて、七海さんがそのあかねさんに会えないようにしてしまうでしょう。だから、七海さんは晶の前ではあかねさんのことは何も知らないフリをしていてください」
七海は「確かに信彦の言う通りだ」と思い、深く頷いた。
ただ、七海は何度か晶に「お前、わかり易すぎるんだよ!」と言われるくらい、顔に思っていることが出てしまうタイプだ。
さっき、「店の方へ行ってますね」と言ってさり気なく晶と信彦がいる部屋を出て行ったのも、二人の会話を聞いていたら、自分があかねのことを知っていることが晶にバレるのではないかと思ったからだ。
(――だって、堀之内さん、子どもみたいだけど妙にカンみたいなのが鋭いんだもの)




