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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
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(2)

  七海とあかねはテラスの隅のベンチに並んで座った。

(――キレイな横顔)

 七海は嬉しそうにジェラートを食べているあかねの横顔を見ながら心の中で呟いた。

 そして、ふと晶と初めて会った時も、晶の横顔を見ながら(――キレイな横顔)と心の中で呟いたことを思い出した。


 前に信彦が見せてくれた晶の家族写真を見る限り、晶は父親に驚くほどそっくりだったから、顔立ちを見ただけではあかねが晶の母親なのかどうかはわからない。

 でも、晶とあかねはどことなく似ている雰囲気を持っているような気もするのも確かだった。

 晶もあかねも、何というか子供っぽい感じがする。

 あかねは見た目の年齢からして、七海の母親や信彦と同じくらいの年齢だろう。七海は自分の母親と信彦とあかねを比べてみると、あかねは本当に子供っぽいというか純粋な感じがするな、と思った。

 今、ジェラートを美味しそうに食べている姿も、まるで子供が自分の好物を食べているかのようだ。

 七海はあかねがジェラートを食べている姿を見ながら、晶が子供のように瞳を輝かせながらホットケーキを食べている姿を思い出さずにはいられなかった。


「ところで七海ちゃん、お話って何かしら?」

 あかねに言われて七海はハッと我に返った。

「はい、あの……。この間、私が『堀之内って苗字の方が親戚にいませんか?』って訊いたこと、覚えてますか?」

「ええ、覚えているわよ」

「その……、実はその堀之内さんっていう人の母親に、あかねさんがそっくりなんです」

「まあ、そうなの? 一回会ってみたいわ」

 あかねは無邪気な笑顔を浮かべた。

「でも、その堀之内さんのお母さんはもう亡くなってしまっていて……。それで、あかねさんと堀之内さんのお母さん、顔がそっくりなだけでなく、左手にやけどの痕があるところまでそっくりなんです。何というか、偶然にしては偶然に思えないな、と思って……」

 言いにくいな、と七海は思いながら、ところどころ詰まりながら何とかあかねに事の次第を話した。


「このやけどの痕まで?」

 あかねは自分の左手のやけどの痕に目を落とすと、ジェラートを食べる手を止めてうつむいてしまった。

 七海はあかねが急に真顔になったので、「やっぱり、ヘンな話をしてしまったかな?」と思ったが、やがてあかねは顔を上げて真剣な表情を七海に見せた。

「あかねさん……?」

 七海は急に真剣な表情をしたあかねに少し戸惑った。

「七海ちゃん、あのね」

 あかねは七海の方をジッと見たまま、口を開いた。「ほとんどの人に話したことがなかったんだけど、私、6年前くらいに事故に遭って、その前の記憶がないの」

「えっ?!」

「6年前、病院のベッドで目が覚めたんだけど、その前の記憶がないの。お医者さんは『旦那さんと車に乗っていて事故に遭って、旦那さんは亡くなったけどあなたは生き残った』と言っていたわ。

 で、病院を退院して自分の家らしい場所に戻ったら、確かにそこには自分が住んでいたらしい家があったし、私の旦那さんだという人の写真とかもあったの。子どもはいなくて、ずっと『旦那さん』と二人で暮らしていたみたい。でも、私、どうしても実感がわかなくて……。記憶だって、お医者さんは『直に取り戻しますよ』って言ってくれたけど、全然戻らないの。

 この左手のやけどの痕だって、いつやけどした時の痕なのかもわからないのよ。でも私、結構おっちょこちょいだから、そのせいでやけどしたんだろうなって思っているんだけど、でも、やっぱりいつのやけどなのかはわからないのよね」


 あかねは一気に言い終わると、戸惑いの表情を見せている七海に気付いたのか「ニコリ」と笑みを見せた。

「そう、だったんですね……」

 七海は驚きのあまり、少し経ってからやっと言葉を発した。「すみません、言いにくいこと話させてしまって……」

「いいのよ。私もその堀之内さんのお母さんがとても気になるわ。堀之内さんのお母さんは亡くなったって言ったけど、その堀之内さんはお元気なのかしら? 一回会って、詳しくお話を聞いてみたいわ」


 あかねの記憶がないということは、やはりあかねは晶の本当の母親なのだろうか。

 そっくりな顔に同じ場所にあるやけどの痕、偶然しては上手く出来過ぎているとは思ったが、偶然ではなかったというのだろうか。

 晶の母親が死んだのはウソで、何らかの事情で晶の母親は記憶を無くして、今ここにいる「片桐あかね」として生きているというのだろうか。


 でも、何のために? と七海は思った。


 信彦は晶の母親は数年前の地震で階段から落ちて頭を打って亡くなったと言っていた。

 その時に亡くなっていなかったのであれば、晶も正直に信彦に言えばいいはずなのに、どうして言わなかったのだろうか。

(――もしかすると、あかねさんの記憶がないのも、階段から落ちて頭を打ってしまったから、ということなのかな?)


 ただ、こればかりはいくら考えて憶測しか出て来ない。

 信彦も事情は知らないし、唯一知っていそうなのは晶だけだ。

 あかねの言う通り、晶に詳しく話を聞いてみないことには何も始まらない。


「そう、ですよね……」

 あかねに「一回会って、詳しくお話を聞いてみたいわ」と言われた七海は戸惑った。

 自分も晶にこれはどういう事情なのか訊いてみたい。

 でも、晶はビルの中から出ることが出来ないし、第一、自分の母親が生きていることを恩人のような信彦にも言わないのだから、よっぽど「言えない」事情があるのかもしれない。

「私も、記憶がない時の自分がどういう人間だったのか、ちょっと気になるのよね……」

 あかねの言葉に七海は思わずハッとした。

 あかねは「ちょっと気になる」なんて言っているが、本当は「ものすごく気になる」のではないのだろうか。

「その堀之内さんは元気です。お母さんの息子さんなんですが、ただ、事情があってここには来ることができなくて……」

「そうなの? じゃあ、もしなら私が会いに行ってもいいかしら?」

「はい、私、堀之内さんに言ってみますね。堀之内さん、B橋の近くの一階が本屋のビルに住んでいるので、そこに来てくれれば大丈夫です」

「ありがとう」

 あかねはまた「ニコリ」と笑顔を見せた。

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