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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
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(7)

「――あーっ、超疲れた!」

 屋上から本屋に戻って来た晶は、大きな音を立てながらパイプ椅子に座り込んだ。

「晶、お前、雪、降らせ過ぎたんじゃないのか?」

 信彦が言いながら晶にコップに入ったアイスコーヒーを手渡すと、晶は一気にアイスコーヒーを飲み干した。

「だって、あれだけ降らせないと、コイツが信用しないじゃないかと思って、さ。――どうなんだよ? 俺が魔法使いだって信じるのかよ?」

 晶は言いながら、七海に得意げな表情を見せた。

「わかりました、信じます! 魔法使いだって信じます!」

 七海が少々投げやりな感じで言うと、晶は満足そうな笑みを浮かべた。


(――この人、まるで子どもみたい)

 七海は信彦が自分にも持って来てくれたアイスコーヒーを飲みながら、心の中で呟いた。

 でも、この「まるで子どもみたい」な人は、本当に魔法使いだったんだ……。

 七海はそう思うと、少し怖くなった。

 さっきの魔法、どういう仕掛けになっているのかは良く分からないが、あんな快晴の空を一瞬で曇らせて雪を降らせるなんて、相当すごい魔法なのではないだろうか。


 そんなすごい魔法が使える魔法使いだなんて、きっと自分をどうかすることだって簡単に出来てしまうのではないだろうか。

(――もしかして、私、とんでもないところに来てしまった、とか?!)

 七海は寒気を覚えた。

 でも、今更ここで「はい、ありがとうございました!」なんて言って去ることもできないだろう。

 何せ、相手は本物の「魔法使い」で、それこそ相当すごい魔法使いなのだ。

 七海は心の中でため息を吐いた。

 自分はこれから、どうなるのだろうか……。


「――で、話の続きなんですがね」

 信彦がニコニコとしながら話し始めた。「本屋の仕事だけでなく、晶の魔法使いの仕事もやってもらう、ということなんですよ。もちろん、石橋さんに魔法を使ってもらうとかそういうわけではありません」

「はい、それはもう……。私、魔法、使えませんから」

「そうですよね、もちろん、僕も使えません。仕事と言っても難しいことはありません。晶が作った魔法の薬や護符を依頼人に届けたり、魔法の材料をそろえたりとか、そんなカンタンなことだけですよ」

 魔法の薬とか護符とか……、何だかやっと「魔法使い」らしい言葉が出てきたな、と七海は思った。

 例え「まるで子どもみたい」とは言え、晶はちゃんと魔法使いとしての活動はしているらしい。

 しかし、魔法の薬とか護符とかを依頼する「依頼人」がいるなんて、もしかすると、自分の知らないところでは魔法使いはポピュラーな仕事なのだろうか。

 いや、そんなことはないだろう……。


「でも、その……。訊き辛いのですが、魔法の薬とか護符とか魔法の材料とか、その……、私が届けたりしても大丈夫なんでしょうか?」

 七海が恐る恐る訊くと、信彦はまたも満面の笑みを浮かべた。

「大丈夫、晶の作った薬を持ち歩いたりしたって、特に危険なことはないですよ。ただ、やはり特殊な仕事なので、時給ははずみます。本屋の仕事もやってもらいますので、これくらいです」

 信彦は手を伸ばしてレジから電卓を取りだすと、キーを叩いて七海に電卓を見せた。

 電卓を見た七海は思わず目を見開いた。

 普通の本屋の店員の時給としては破格の値段だ。フルタイムで働けば、七海の今の給与さえも大きく乗り越えるだろう。

 七海は思わず「働きます!」と言いそうになったが、(でも、待てよ……)と晶の方を見た。


 イスに座っている晶はいつの間にか居眠りを始めている。

 この人、本当に子どもだな、と七海は思った。

 ただ、寝顔も見とれてしまうほどキレイだった。


 このふてぶてしい男と「短期」とは言え、上手くやって行けるのだろうか。

 むしろ、「魔法使い」の仕事をやって危険かどうかよりも、この男とやっていけるかどうかの方が遥かに問題のような気がする。


 晶は七海が自分を見ていることに気付いたのか、不意に瞼を開けて、ビー玉のような瞳を七海に向けた。

 突然、晶と目の合った七海は、思わず胸をドキッとさせた。


「あーっ!」

 晶は突然大声を上げると、何かを思いついたようにイスから立ち上がった。

「なっ、何ですか? 急に?」

 七海は思わず両耳を塞ぎたくなった。

 晶の声は容姿と同じでキレイな声ではあるが、ヘンに響いて声量以上に大きく聞こえる。

「いや、だって、ヤバイと思って」

「何がヤバイんですか?」

「だって、お前、まさかの未成年じゃないのか? 酒買ってこれねーじゃん」

「えっ?」

(――何で、ここでお酒の話が出てくるの?)

 七海には意味がわからなかった。

 しかも、未成年なんて……。

「私、こう見えても成人してます! 今、23歳です。確かによく高校生とか学生に間違えられるけど……」

 七海が言うと、晶は明らかに驚いた表情をした。

「信じらんねー。俺よりも二つしか下じゃないのかよ?」


(――もう! 本当に何なの、この人!)

 七海は赤くなってきた顔を隠すように、晶から顔を背けた。

 七海もなるべく年相応に見えるように、Tシャツにジーパンとかミニスカートとかそういう子供っぽい服装は避けている。

 今日だって自分では「大人っぽい」と自負している服装だ。カーディガンにミモレ丈のスカートを合わせている。薄いけど、メイクもちゃんとしている。

 なのに、ジャージにジーパンとかよっぽど自分より子供っぽい服装をしている晶に未成年と間違われるなんて……。


「まっ、魔法使いなら、私の年齢くらいわかるんじゃないんですか?」

「そんなん、知るかよ。いつも魔法使っているわけじゃないし」

「それに、お酒くらい自分で買いに行けば……」

 七海は晶と初めて会った時に、晶が相当な量のアルコールを飲んで泥酔していたことを思い出した。

「買いに行けないんだよ」

「えっ?」

「俺、このビルから出られないんだ!」

「えっ? でも、初めて会った時、ビルの外にいましたよね?」

「だから! 出られないって言ってるだろ!」

 晶は七海から視線を逸らすと、背中を向けた。

(――えっ? どういうこと?)

 七海はますます意味がわからなくなった。

 ただ、さっき「未成年」と言われて顔を赤くした自分と同じように、晶が拗ねていることだけはわかった。


「そうでした! 重要なことを言うのを忘れてました」

 信彦が機嫌を取るかのように、アイスコーヒーのお代わりを晶に差し出しながら言った。

「重要なこと?」

「はい。晶はですね、このビルの中でしか魔法が使えないんで、外に出られないんですよ。なので、晶の仕事をやってもらう人が必要なんです」


「えーっ」

 七海は思わず声を上げた。

「何か、文句あるかよ?」

 晶が手に持ったアイスコーヒーの氷を「カラン」とさせながら、七海の方を振り返った。

「あっ、いえ、そんなことは……。どうしてなのかなと思って」

「どうしてかって、理由は特にねーよ」

 晶はまた七海に背を向けた。

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