(2)
「――でも、まさか千絵ちゃんがこんなにも早く結婚しちゃうなんてね」
七海が食後のコーヒーを飲みながら、向かいに座っている友達の千絵に言った。
七海と千絵はワイナリー内にあるレストランでランチを食べていた。まるで外国の田舎のパブのような店内は、開放的な造りで陽の光がたっぷりと入って来て居心地が良かった。
出された料理も素晴らしく美味しい。
「まあ、それ、自分でも思ったけどねー」
千絵がハハッと笑った。
千絵は半年前に結婚し、結婚を期にそれまで勤めていたフルタイム勤務の仕事を辞めて、このワイナリーで短時間のパートを始めていた。
千絵は俗に言う姉御肌な性格で面倒見が良く、男だろうと先生にだろうと自分の言いたいことは何でもハッキリと言うような女の子だった。見た目もボーイッシュで髪形は辛うじてボブカットだが、制服以外でスカートをはいている姿を見たことがない。
異性の友だちよりも千絵の「男前」な性格に憧れて慕ってくる同性の友達が多く、七海もその一人だった。
そんな千絵が出会って数か月の年上の男性と結婚したのが、半年前だ。
七海はもちろん、他の友達も飛び上がるくらい驚いた。
千絵にはそれまで彼氏がいるとか好きな人がいるとか言う、浮いた話はほとんどなかった。
「結婚式で見た旦那さん、すごいステキな人だったなー。で、どう? 新婚生活?」
「楽しいよ。毎日おんなじ人と顔合わせておんなじような話してるけど、全然飽きないもんだね。結婚なんて、考える前は『面倒だな』って思ってたけど、したらしたらで面白いもんだよ。――で、七海の方はどうなの?」
「えっ? 私? 何が?」
七海はキョトンとした表情をした。
「七海は彼氏とかできた? 好きな人とかは?」
「えっ? 私? そんな人、まだいないよ……」
七海は少し顔を赤くしながら、胸をドキドキさせた。
(――やだ、私ったら)
七海は何かを誤魔化すように、慌てて飲みかけのコーヒーに口を付けた。
さっき、千絵に「七海は彼氏とかできた? 好きな人とかは?」と訊かれた時、一瞬、頭に晶のことが浮かんだのだ。
(――別に堀之内さんのことなんて、何とも思っていないんだから)
だって、あの人って魔法使いのくせにまるで子どもだし、結婚どころか「異性と付き合う」ということに興味があるのかさえもナゾだ。
見たところ、晶が興味を示すものと言えば、ホットケーキとブランデーケーキくらいだろう。
でも……、と七海は思った。
最初は晶のことを「まるで子ども」とか「やっぱり子ども」とばかり思っていたが、最近は「確かに子どもっぽいけど、それだけではないのかもしれない」と思い始めていた。
特に自分が姉の六華の話をした時。
本当に「子どもっぽい」だけの人間が、自分の話を聞いただけで「お前の姉ちゃん、本当にその男と付き合っていたのかよ?」と鋭いことが言えるだろうか。
(――まさか、あの「子どもっぽい」言動は「夜を忍ぶ仮の姿」ってヤツだとか?!)
七海は思ったが、さすがにそれはないだろうと、首をブンブンと横に振った。
「――七海、どうした?」
千絵が不思議そうに訊くと、七海はやっと我に返った。
「ううん、何でもない! 何でもないよ、千絵ちゃん」
七海は慌ててまた首を横に振った。
「怪しい! 本当は好きな人とかいるんじゃない?」
「いないってば、本当にいないってば!」
「まあ、いいか」
千絵は笑いながら席を立った。「好きな人いたら、その内に紹介してよね。七海がどんな人と付き合うか気になるし。――じゃあ、今度はジェラート食べに行こうよ」
「うん!」
七海と千絵がワイナリー内のジェラート売り場でどれを食べようかと悩んでいると、後ろから「千絵ちゃーん!」と声が聞こえてきた。
「あっ、あかねさん!」
千絵は後ろを振り返ると、笑顔で手を振った。
七海も後ろを振り返り、「千絵ちゃーん!」と話しかけてきた人物の方を見た。
ものすごくキレイな人だな、と七海はその人物を見て思った。
年齢は自分の母親と同じくらいだろう。結構年齢がいっているから、顔にシワやシミなどもなくはないが、それでも圧倒的に美しくて上品そうな女性だった。
ほっそりとしていて色白で、笑顔が何とも優しそうだ。
七海はその女性を見ながら「あれっ?」と思った。どこかでこの女性を見たことがあるような気がしたからだ。
でも、どこで見たのだろうか? と七海は思った。
こんなに目を引くくらい美しい女性、知り合いの中にいたら、絶対に忘れないはずなのに……。




