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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
5.
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(1)

 七海が「Tanaka Books」で働き始めてから2ヶ月以上が過ぎた。

 店の定休日は信彦の兄がやっている不動産屋と同じ毎週水曜日だった。

 七海はこの日の水曜日、久々に両親の車を借りて遠出をしてみた。


 地元の海岸沿いの道路を車でひたすら真っすぐに走る。

 右手に見える日本海は灰色っぽく、地平線沿いには明らかな雨雲もあって「カラリとした良い天気」とは決して言えないが、それでも初夏のドライブは爽やかで心地良かった。

 七海は窓を開けて潮風の香りを感じながら、最近のことに想いを馳せていた。


 ――ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか。


 前に信彦が言った言葉が、未だに気になってしまう。


 晶と信彦に姉の六華むつかの話をした後、気を使っているのか(晶は気を使ってはいないだろうが)、二人が七海に六華の話をすることはなかった。

 二人ともいつも通り接して来るし、晶に関しては毎日毎日「ホットケーキ焼いて!」と飽きもせずにねだって来る。

 七海も二人がいつも通りだからいつも通り接しているが、表面上はいつも通りでも、七海の心には何となく引っ掛かりのようなものが残った。


 別に晶と信彦に気まずい気持ちがあるとかそういうことではない。

 ただ、信彦が言った「ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか」という言葉や、晶の言った「根本的に考え方変えてみようとか、思わねーのかよ? 姉ちゃんに縛られないで生きようとか、思わねーのかよ?」という言葉が引っかかるのだ。


 晶と信彦の言葉、あれってどういう意味なのだろうか。


 自分はそんなに亡くなった六華に縛られて生きているのだろうか、根本的な何かが間違っているのだろうか。

 そして、信彦が言った「ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか」の意味は?


 七海は晶と信彦にもう少し突っ込んで訊いてみたいとも思ったが、二人があまりにもいつも通りなので、思わずタイミングを逃してしまい、今日に至ってしまった。

 七海は運転しながら「うーん」と考えていたが、やがて考えるのを止めて、運転に集中し始めた。

(――せっかくの休みなのに、もっと楽しまないと!)

 そうだ、今日は久しぶりに高校時代の友だちと会えるんだ、もっと楽しまないと、と七海はハンドルを握りなおした。




 駐車場に車を止めて車から降りた七海は、思わず「わーっ」と小さな歓声を上げた。

 目の前に広がる風景が、日本の地元のN県ではないような感じがしたからだ。

 ところどころにバラの花が植えられていて、遠くの方には丸太小屋みたいな建物がいくつか建っている。他の建物もモダンだけどどこかレトロな感じがして、フランスとかの外国の田舎に建っているような趣のあるものばかりだった。


 七海がやって来たのは、地元でも有名なワイナリーだった。

 このワイナリーはワインを作っているだけでなく、レストランやお土産屋さん、宿泊施設まで揃っている。

 ワインが好きな人はもちろん、特にアルコールを飲まないような人や未成年の人も気軽に立ち寄れる観光スポットになっていた。

 七海の高校の時の友達が半年前からここで働いている。七海は前々からこのワイナリーに行きたいと思っていて、友達に話したら「じゃあ、案内する!」と言ってくれたのだった。


「――七海!」

 取りあえずワイナリーの方に行ってみようかと歩き始めた七海の後ろから、声が聞こえてきた。

 七海が振り返ると、高校の時の友達の千絵ちえが、手を上げながら駆け寄ってくるところだった。

「あっ、千絵ちゃん、久しぶり」

 七海も千絵も久しぶりに会った友達に向かって、ニッコリと笑顔を見せた。

「七海、元気そうじゃん」

「うん、千絵ちゃんも元気そう! でも、今日休みなのにありがとうね」

「いいのいいの! 私だってたまには自分の働いてるところで客としてもてなし受けたいし、さ。――じゃあ、行こうか?」

「うん」

 七海と千絵は笑顔で話しながら、ワイナリーの方へと歩いて行った。

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