(25)
「――その内、か」
沈黙を破ったのは晶だった。「願い事をどうしようが、お前の勝手だよ。その内っていうのが気に食わないのだって、お前の勝手だよ。金子の妻ってヤツが気に食わないのだって、そりゃ、当然だよな。
でも、お前さあ、根本的に考え方変えてみようとか、思わねーのかよ? 姉ちゃんに縛られないで生きようとか、思わねーのかよ? そこら辺、良く考えてみろ」
「えっ?」
今度は七海が意外そうな声を上げる番だった。
七海は晶に「それって、どういう意味ですか?」と訊こうとしたが、晶はイスから立ち上がると、スッと部屋から出て行った。
晶は何を言っているのだろうか。
七海には晶の意図が良く分からなかった。
そう言えば、前に晶がこのビルの屋上で「他人に縛られる人生なんて、バカバカしいだけじゃねーか」と言っていたような気がする。
その時、七海は「他人に縛られる人生」という言葉に何か引っかかりを感じた。
自分は別に誰かに縛られているわけではないのに、姉の六華にだって縛られていないのに……。
でも、やっぱり「縛られる」という言葉に妙な引っ掛かりを感じてしまう。
これはどういうことなのだろうか。
「――七海さん」
立ちすくんでいる七海に信彦が声を掛けた。「今日はもう帰りましょうか? 随分遅くなったので、良ければ送って行きますよ」
信彦の言葉を聞いて、七海は部屋の時計を見た。確かに信彦の言う通り、かなり遅い時間になっている。
「すみません、こんな時間まで……」
「いえ、いいんですよ。七海さん、今日はいろいろとあって大変でしたね。家に帰ったら、ゆっくり休んでください」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと車を取って来ます」
信彦は車のカギを取り出すと、店を出ようとしたが、七海は「すみません!」と信彦を引き留めた。
「すみません! ノブさん、さっきの堀之内さんの言葉って……」
「晶ですか?」
「はい、その、堀之内さんの『根本的に考え方変えてみよう』とか『姉ちゃんに縛られないで生きよう』とかって、どういう意味なのでしょうか?」
七海が言うと、信彦は静かに口を開いた。
「晶のあの言葉は、そのままの意味ですよ。晶はビルの中から出ることが出来ないから、七海さんには縛られないで生きてほしいと思っているんじゃないんでしょうか?」
「えっ?」
どうしてここで晶がビルから出られないことが出てくるのだろうか、と七海は思った。
「七海さん」
信彦は七海に近付くと言った。「七海さんがお姉さんのことを大切に思っていて、大好きだったということはとてもよくわかります。七海さんがお姉さん想いだということもよくわかります。それはとっても良いことですよ。大切なお姉さんがあんなことになってしまって、金子さんの奥さんのことを恨む気持ちも当然です。
でも、だからと言って、ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか? ということです」
「?」
七海が不思議そうに首を傾げると、信彦は静かに微笑み、店の外へと出て行った。
「――ビルの外に出られるのにビルの外に出ないのはどうか」
七海は信彦の言った言葉を、かみ締めるように呟いてみた。




