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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
4. Some Might Say(サム・マイト・セイ)
65/105

(23)

「――やっぱ、お前も思い当たる節、あるだろ?」

 七海は晶に話しかけられて、顔を上げて晶の方を見た。

 晶はいつものふてぶてしい表情とは違って、妙に真剣な表情かおをしている。

 ビー玉のような瞳は、相変わらず静かに輝いていたままだ。


「でも……。でも、じゃあ、どうしてお姉ちゃんは病気になってしまったんですか? 亡くなってしまったんですか?」

「別に付き合ってなくたって、フラれることはあるだろ?」

 じゃあ、六華は金子に片思いをしていてフラれてしまい、そのショックで引きこもり、病気になってしまったということなのだろうか、と七海は思った。

「でも、お姉ちゃん、私が『じゃあ、やっぱり彼氏なの?』って訊いたら頷いたんですよ。付き合ってないとしたら、どうして、頷いたんですか? 私がしつこく訊いてきたから、引っ込みがつかなくなって頷いたんですか?」

「それもあるだろうけど、お前の姉ちゃんは、お前の前ではその金子とか言う男と付き合っていたかったんだよ。お前、『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って姉ちゃんにベッタリだったみたいだし、お前の前では『いつものお姉ちゃん』でいたかったんだろうな。まあ、そういうことだろうな」


(――そう、だったんだ)

 七海は晶から目線を逸らすと、顔をうつむかせた。

 六華は金子と付き合っていたわけではなかったんだ。

 六華が金子と付き合っているような素振りを見せていたのは、七海がしつこく「彼氏なの?」と訊いたせいもあるだろう。

 でも、一番の理由は、実らぬ恋にツラい想いをしていた六華が、せめて「いつも完璧なお姉ちゃん」と慕っている妹の前でだけは、金子の彼女でいたいと思った結果だったのだ。


「そう、だったんですね」

 七海はうつむいたまま、独り言のように言った。「私、今まで全然気づきませんでした。お姉ちゃんが、そうだったなんて……」

「別に気付かなくても仕方ないんじゃね? この話、誰かにしたの多分初めてだろ? お前は姉ちゃんにベッタリで姉ちゃんの言うことなら何でも信じただろうし、仕方ねーよ」

 七海は顔を上げると、晶の方をまじまじと見つめた。

 晶がこんなにも自分のことをフォローしてくれるのが意外だった。

 晶は七海が自分をまじまじと見つめている理由に気付いたのか気付いていないのか、七海から慌てたように視線を逸らした。


「――七海さん」

 ずっと黙っていた信彦が七海の近くに行くと語りかけるように言った。「七海さんのお姉さんは、七海さんの前ではせめて好きな人と付き合っているような感じでいたかったんですよ、きっと。別にお姉さんが七海さんに悪気があったとか、七海さんが悪いとかそういうわけではないんです。現実には付き合えないから、せめてって、お姉さんが思っただけなんです。僕にはそういう気持ち、わかります」

 七海は今度は信彦の方をまじまじと見つめた。

 信彦の言うと「僕にはそういう気持ち、わかります」という言葉が妙に七海の心に引っかかった。

「そうだよ、別にお前が何か悪いことしたとかそうわけでもねーし、そんな表情かおしてんじゃねーよ。これからは姉ちゃんに縛られずにやってけばいいじゃん。例えば、『願い事』のこととか、さ」

「あっ……」

 晶の言葉に、七海は思わず声を上げた。



 3ヶ月「Tanaka Books」で働いたら、魔法で願い事が一つ、何でも叶う。


 七海は「姉の彼氏を奪って幸せに暮らしている金子の妻を不幸にしたい」という願い事を叶えてもらおうとしていたが……。


(――でも、やっぱり)

 七海は六華が金子と付き合っていなかったと言うことを知った今でも、やっぱり金子の妻が憎いと思った。

 六華と金子の関係が本当はどうだったのか、今となってはわからない。

 もしかすると、金子と金子の妻がすでに付き合っているところに六華が金子のことを好きになってしまったという可能性もあるし、六華と金子が良い友達関係でいるところに金子の妻が割り込んで強引に金子と付き合ったという可能性もある。

 でも、どちらにしてもあの金子の妻が、多かれ少なかれ六華の死の原因を作ったのは確かだ。

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